黄昏の特等席
 未だにグレイスを襲った犯人が逮捕されていないので、外出するときは複数で出かけるのが良い。
 
「心配してくださるなんて・・・・・・。ありがとうございます!」
「いえ、そんな・・・・・・」

 グレイスの手をミルドレッドは両手でぎゅっと握りしめる。

「このケーキ、ミルドレッドさんはもう食べましたか?」
「いいえ・・・・・・」

 実はミルドレッドがザッハトルテを買いに行ったときには残り一個しかなかった。
 それを聞いたグレイスはフォークでザッハトルテを半分に分けた。

「半分こ、しませんか?」
「お、お嬢様!?」

 ミルドレッドは両手を小さく振りながら、断り続ける。

「これはお嬢様のものです。私が食べるのは・・・・・・」
「ここには私達だけですよ」

 美味しいものを食べることは好きなことの一つ。一人で食べるより、一緒に食べると、同じものでも美味しさが違う。
 そのことを伝えると、ミルドレッドはグレイスと一緒にケーキを食べてくれて、至福のひとときを過ごした。

「美味しかった。ありがとうございます、ミルドレッドさん」
「いえ。私にも分けてくださり、ありがとうございます」

 互いに礼を言って、笑顔を向けた。
 ティータイムが終わり、グレイスが部屋をゆっくりと見渡していると、茶器を片づけに行っていたミルドレッドが戻ってきた。

「犯人さえ捕まってしまえば、家に安心して帰ることができますのに・・・・・・」

 思い出がたくさんあるあの家に一刻も早く帰りたい。
 それなのに、この付近で事件は起き続けているから、外に出たくてもそれができない。

「あの、今は難しいですが、必ず家に帰ることができますから」

 彼女は必死に言葉を選んで、グレイスを元気づけようとしてくれている。
 その気持ちが伝わってくるので、グレイスはもう少しだけ頑張ることを決意する。
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