黄昏の特等席
 あの頃のグレイスを思い出していると、目の前で自分の名前を呼ぶ声に邪魔をされた。

「・・・・・・クルエル様~?」
「何・・・・・・?」

 返事をなかなかしてくれないクルエルに同じ質問をすると、内緒であることを言われて、不満を顔に出した。

「教えてくれないんですね~」
「まぁ、そうだね・・・・・・」
 
 唇を尖らせている彼女を一瞥してから、続けて言う。

「あんまりいないじゃない? あの子みたいなタイプは」
「それもそうですね~」

 クルエルから見ても、グレイスが珍しいタイプで、今まで会った女達とは違うので、余計に惹かれたのだ。
 
「それにしても、本当なのですか~?」
「何が?」

 女はグレイスがクルエルに暴行を働いたことを知っていたものの、未だにそれが信じられなかった。

「殴られたのは本当だよ」
「そんなの~」
「大したことじゃないよ」

 女が何か言う前に、クルエルはそれを遮った。

「あの子、わざとやったんじゃないよ」
「そうなのですか~?」
「うん」

 クルエルは女が怒りでグレイスを殺さないようにするため、嘘を吐いた。
 グレイスがバランスを崩して何かに掴まろうとしたとき、たまたまクルエルの顔に手が当たったことにしておいた。
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