金木犀のアリア

4話/回想①

彼は宵待草の楽譜を見つめながら思い出していた。

自分の拙い演奏に重ねられた、ヴァイオリンの音色を。

――寄り添うように暖かな優しい音色だった

彼は遠目から見えた音色の主に見覚えがあった。

時々、公園でその姿を見かけていた。

彼は黒革のケースからヴァイオリンを取り出し、見つめる。

遠い記憶が甦った。


 学生時代。

彼は留学先で、、いづれはプロポーズしたいと思っていた女性と共にヴァイオリンコンクールに出場した。

1年ごとヴァイオリン部門、ピアノ部門、作曲部門、声楽部門が順番に行われるコンクールで、もし最終選考に残ったら「懐かしい土地の思い出」を弾こうと約束していた。

「共に最終選考に進めればいい。その時は、同曲対決になる」と話していた。

結果はどちらも最終選考には進めなかった。

コンクール後、彼と彼女はお互いの健闘を讃えて「懐かしい土地の思い出」を弾き合った。

 共に音を重ねる喜びと、向けられる笑顔の愛しさを噛みしめながら、過ごした日々。


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