意地悪姫の反乱
夕方になる頃にはガーデンパーティーが晩餐会になり、会場が城内大広間になる。
中では沢山の人々が行き交い、食事、ダンス、談話など様々な事が行われている。
穏やかで楽しげな光景、だが騎士隊は警戒を怠らない。ここには重要な皇人や貴人ばかりのだ。問題が起こっては困る。
二番隊隊長のルウドは油断なく辺りを見回す。
「ま、怖いお顔」
「………ジュリア嬢」
「そんな怖いお顔で周囲を見ていたら怯えられてしまいますわよ?お仕事が大変そうですけど少し気を抜かれたらいかがですか?」
「……いやしかし…」
「護衛のお仕事もあるでしょうけどお客様のお相手もお仕事でしょう?
私のお相手をして頂いても宜しいかしら?」
ジュリア嬢が魅惑的な微笑みを向け、白い手を差し出す。
「はい、勿論ですとも」
ルウドは嬉しそうにジュリアの手を取りダンスホールに向かう。
「――――気に入らないわ」
「えっ……?わわわわわわ、わたくしの何処がお気に召さないので……?」
脅されて連れて来られた哀れな騎士はティア姫の怒りに触れたとそれはもう怯えた。
「私、何か失礼な事を…?」
「あなたは黙ってついて来ればいいのよ、早くなさい」
「ひっ、はいいいいいっ!」
この不幸な騎士は周囲にはティア姫のお眼鏡にかなった男として大変善望の的だった。
当人の騎士とて普通に誘われたらそれはもう大喜びで姫様の相手となっただろう。
だが脅された。それも辛辣な方法で。
騎士にとって最早姫は恐怖の対象でしかない。
騎士はびくびくと姫の手を取りダンスホールに入る。
踊っている最中も何故か姫はイライラと殺気立ち、騎士は神経を張り巡らし緊張し続けた。
「どうしてやろうかしら……」
姫が何か怖い事を呟いている。
騎士は身と神経が締め付けられ絞られる思いがした。何だか絞殺されるニワトリの気分だ。
「………ひっ、姫様っ……」
「何よ?ダンスはもう終わりよ、いいから黙って着いて来なさい」
「……へっ、はいいいいいっ…?」
不幸な騎士は訳も分からず姫の後を追いホールを出る。
姫は何やら赤毛の婦人の後をつけているようだ。あの婦人は先程二番隊長と踊っていた………。
「…………」
騎士の心は大いに揺れた。困ったようにティア姫の金髪を見る。
―――どうしよう?幾らなんでもパーティーの貴人のお客様に悪さなどしないだろうと思えど自信はまるでない。
ダメだ、幾らなんでも、止めなくては大変な事になる。
そうだ、今止める事が出来るのは自分だけなのだ。
「あああああ、あの、ティア様……っ」
「黙ってなさいよ」
「あの方は王妃様がご招待した大切なお客様です。王妃様のご友人の娘様とか。
遠方から来られた貴族のご令嬢です。ご迷惑をお掛けしては……」
「―――何ですって?」
きつく据わった緑の目が遠くの婦人から不幸な騎士へと移動する。
「私が何かすると思って?ふざけんじゃないわよ?ほっときなさい」
「でもっ……、ひひひひ姫っ……」
「あなた、自分の立場が分かっていないようね?黙って私に従えないならどうなるか分かっているわよね?」
「ひっ、ひひひひ姫っ、申し訳ございません……」
「煩く口挟むんじゃないわ、邪魔するんじゃないわよ」
「……すみません」
騎士は黙った。最早姫の暴挙に抗えもせず防ぐ事も出来ない。
ティア姫は婦人の後をつけて進んでいく。
「………何なのかしらあの女?」
婦人は行く先々で騎士や国の官僚達に声をかけ、その輪に自然に入り込み、楽しく話し込んでいる。
話しはただの世間話、特に不穏な事はないだろう。
姫が何を不審に思っているのか良く分からないが騎士は怖くて聞けなかった。
そして婦人は客部屋の一室に入って行く。そこが彼女の滞在部屋らしい。
「―――行くわよ…」
「えっ……?」
ティア姫はすかさず婦人の部屋の隣の部屋に入った。
誰かの客部屋のはずだが運がいい事に誰も居なかった。
姫は隣の部屋に隣接する壁に耳を当てる。
「で、どうだったんだ?」
「うん、ちょろいものよ、ここの連中ほんっと田舎者ね。お陰で仕事が楽だわ」
「おい、仕事は仕事だ。油断するなよ」
「平気よ、そう言う公私は分けてるの。暇潰しに田舎騎士を手駒にして遊ぶくらい何でもないわ」
「ほどほどにしろよ」
そして二人は少し話しをしてすぐに部屋を出て行った。
「――――なるほどね、どおりで…」
隣室から人が出て行ったのを見計らって姫は壁から離れて呟いた。
動けもせずにここの客人が入ってきはしないかとハラハラとドアと姫を交互に見ていた騎士には何が何だか分からない。
「ひ、姫様……お客人が入ってこないうちに早く……」
そこでガチャリとドアが開いた。外から二十代金髪の男が入って来た。
入って来た男は二人を見て驚く。
「おや失礼、部屋を間違えてしまったようだ」
部屋を出て行った。だがすぐまたドアが開く。
「君たちここは私の―――」
そこで哀れな騎士は見てはいけないものを見てしまった。
姫が入って来た男に不意討ちで何かの液体を振りかけた。男はパタリと気絶した。
「―――――ひひひひ、っ、ひっめさ…」
ドアを閉めて何処からか取り出した縄で男を椅子ごと縛り上げる。
男を縛る手伝いをしながら騎士は泣きたくなった。
「何ですか…?それ……?」
「護身用よ、ただの眠り薬」
そうやって眠らされて騎士は脅された。
「…あの、この人見覚えが…確かどこかの国のとても重要な人物だったような…?」
「どうでもいいわよ。顔を見られたら弱みを握っておけば黙るでしょ?」
「外交問題になるでしょう?そこまでしなくても話せば分かって下さいますよ?」
「何をどう話せって?」
ティア姫は何故か部屋を歩きまわり客人の荷物を探り出す。
「……何をなさっているので?」
「お客は客人リストを渡されているはずよ。交易に必要だもの」
「そんな人様の荷物を勝手に……。ご本人に聞けば宜しいでしょう?」
「他国人にこっちの事情を話せないわよ」
「……姫……」
「うるさいね、黙んなさい」
「…ハイ…」
それから姫は取るものを取ってから騎士を置いてさっさと帰ってしまった。
騎士は泣く泣く眠る男の戒めをといてベッドに寝かせ、精一杯お詫びをしてこっそり部屋を出た。
可哀想な騎士はこの一晩で随分疲弊し、翌日は胃を痛め職務を休んだ。
「もう踊らされるのはいやだあああ……」
心配して見舞いに来た隊長に彼は謎の叫びを放った。