無理して笑うな
俺はそれから長いことその問題に苦戦していた。
神崎さんはたまにこちらを向いてニコッと笑っては「時間制限ないよ〜」と言う。
「んーーーー、、」
こう見えて数学は得意。
確かに図が苦手ではあるが数学なら学校で5番以内はとれる。
それだけに解けないことが悔しかった。
そのとき、俺の数学頭が1つの答えを導き出した。
「…あ。」
俺は立ち上がって神崎さんのところに紙を持って行った。
その紙は真っ白。
「神崎さん。これ、答えありません。」
俺の言葉に神崎さんの動きが止まった。
「確かに三角比を使えば解けないこともないんですけど、途方もない数になるし中学生相手だから三角比は使わない。
それで二次方程式で解いてみたら、どれだけ計算しても答えは0以下。
これは図形の面積の問題なんで0以下はありえない。答えはありません。」
次の瞬間、聞こえてきたのは神崎さんの笑い声だった。
「ばれたか…久しぶりの面接だからちょっといじってみようと思ったんだけどいじり甲斐ないなぁ。」
「久しぶりなんですか?」
「うん。社長秘書の向井さん、いたろ?
あの人が面接の予定組むんだけど、僕のところによこしたらどんないい人材でも泣いて去って行くの知ってるんだよ。
僕がハンコを押すのは君が3人目だ。」
神崎さんはそう言うと〝印〟にハンコを押してくれた。
「よし、合格。後は1つだね。最後は誰だい?」
俺は見ていなかった最後の1人の名前を見て首を傾げた。
「太田 葉月…」
「おいおい、それは社長だよ。向井のやつ何考えてんだろう。」
今までの面接官はみんな男性だった。
募集しているのが男性のみ、というのは事務員やマネージャーにも言えることらしく、事務所はどこを歩いても女性はいない。
社長秘書の向井さんは「タレントと関係を持ったり、なんてことを防ぐためです。」と言っていた。
「あの、社長はいつもどちらにいらっしゃるんですか?」
「1番奥に薫ちゃんがいるだろう。そのすぐ横にある扉の奥だよ。」
薫ちゃんの横は3段ほどの階段があり、その奥には両開きの重たそうな扉がある。
「でも今日はいらっしゃらないんじゃないかなぁ。
一昨日拓真君のドラマの顔合わせをしに出て行かれてから戻られてないんだよ。」
俺は面接試験用紙に目を落とした。
面接官がいなかったらどうしたら……
そのとき、チン!という音と共に事務所の入り口である扉が開いた。