グレープフルーツを食べなさい
 その時、ずっと閉じられていた母の目蓋がぴくりと動いた。ゆっくりと何度か瞬きをしながら目を開ける。おぼろげな視線が私を見つけると、母の目から一粒涙が零れた。

「母さん、大丈夫よ。私がいるからもう大丈夫」

 母はゆっくりと私に微笑むと、酸素マスクを指差した。私はそれに頷いて、母の口からマスクを外す。

「……母さん?」

 母は浅く呼吸を繰り返すと、そっと私の頬に触れた。

 幼い頃、なかなか寝付けない私にそうしてくれたように、濡れた目蓋を優しく撫でる。……涙が、止まらなかった。

「香奈……、自分に正直に。幸せに……なってね」

 母の細い指が、私の頬を滑り落ちた。

「かあ、さん?」

 耳障りな電子音が部屋中に鳴り響く。


――いつの間にやって来たのか、母を受け持つ初老の医師が、淡々とした声で母の死を告げた。



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