誘導
序章
「俺は、一目惚れなんてしないと思うな。」

宮内誠は隣に居る伊月に言った。彼等二人は、広島市内のカラオケ店でアルバイトをしている同じ大学の生徒だ。時計は午前零時四分を指していた。

この時間の平日は何時も客が居なくて暇で、二人のシフトが被った時は、カウンターを前に二人で談笑をする事がよくあった。

「その話、前にも聞いたぜ。お前は今までの21年の人生の中で、一度も一目惚れをした事は無いんだよな。」

伊月は口角を若干上げて、誠の言葉に半信半疑な様子だった。いや、話など真剣に聞いていないのかも知れなかった。

「一目惚れと言う言葉は文字通り、異性を一度見ただけで好きになる事だろ。その人の事を何も知らずに好きになるだなんて、見た目しか見ていないじゃないか。」

誠は少し熱くなって言った。伊月は、こうなると彼の話は次第に熱を帯びて止まらなくなる事を知っていた。
誠は大学の仲の良い友達の間では、話が聞き上手な事で有名だった。男女問わず、彼に愚痴を零したりする人物は数知れない程だ。そんな誠でも、自分の話を一度すると止まらなくなるタイプで、こういう時は聞きに徹するしかないのだ。

「それで出会って一週間で付き合う奴とかもいるけど、そんな軽率な付き合いなんて大抵続かないだろ。」

「まぁ、人の第一印象は視覚と聴覚で94%は決まるって言うし…。」

「そんな海外の統計は当てにならないし、人それぞれ個人差があるだろ。それに、第一印象と恋心を結びつけるのがそもそもおかしい事だと言っているんだ。」

「そうかも知れないな。」

「固着観念だけの盲目な行動は愛じゃない。自慰行為と一緒だ。」

誠は吐き捨てるように言った。他の大学の友人からしたら、普段誰かの相談に乗っている彼からは想像も出来ない口調だろう、そう伊月は思った。誠は伊月に対して心を許していた。伊月もそれは同様だった。執拗な誠の持論は自分が考えもしない事で意外性があり、聞いていて飽きが来ないからだ。伊月は誠の話に対して、つまらないと感じた事はほとんど無い。

「でも宮内は彼女なんて居ないじゃないか。」

伊月は少しおどけた口調でそう言った。誠は少し不意をつかれた様に一瞬目を大きく開けたが、すぐに先程の真剣な表情に戻った。

「あぁ、今は居ないよ。女と話していてもつまらない。」

「女なんて心につけ込んでしまえばすぐ落ちる。彼氏と別れそうになっていたり、別れた直後の女は簡単に口も股も開くね。」

「そういう事、結構あるのか。」

「たまに、やりたくなった時はする。それにしっかりと自分の考えを持った女は、異性に相談なんてしない。第一、身体なんて許さないだろう。」

誠は異性の相談に乗っている時は、異性の事を女性と呼ぶ。そんな彼は伊月の前では蔑んだ様な悪者の目をして、異性の悪口を言うのだ。時に半笑いを浮かべ活き活きと喋ったりもする。伊月は誠のその部分が、何だか怖くて嫌いだった。

「色んな女の子の相談に乗っているお前がそう言うなんて、なんか滑稽だなあ。」

伊月は明確な程、顔も声も難色の色を示しているのが自分でも分かった。誠の目からも良い風には見えてないだろう。言いたい事もあるが、自尊心の強い彼の事を考慮し、飲み込んだ。

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