ひとひらの雪




 時計が刻む秒針の音と壁越しの喧騒だけが聞こえる部屋。プラスチック製のベンチに寝かせた琥太郎は、未だ目覚めないままだ。


 湊人は用事があるからと申し訳なさそうに帰っていった。何かあれば連絡するようにと、アドレスを記した紙を残して。


 雪姫はそのメモと琥太郎を交互に見やり、複雑な感情を抱いていた。


──あんなに怯えた琥太郎、見たの2回目だ…。


 それはおよそ6年前。晴流と雪姫が通っていた爽北小学校に琥太郎が転入してきた時のこと。


 先生に手を引かれ教室に足を踏み入れた琥太郎は、自己紹介の為に立たされた教壇の上でまともに言葉を発することも出来ず、異常に震え泣き出してしまったのである。


 後にそれが──前の小学校で受けた凄惨なイジメによる心の病なのだと知った。


 湊人は当時の同級生。もしかして彼もイジメに荷担していたのだろうか。だから琥太郎は彼を見て倒れてしまったのだろうか。


 しかし琥太郎と再会した瞬間の嬉しそうな表情やこの部屋を貸してくれるよう店側に頼んだ迅速さを思い返すと、確信とまではいかない。



< 147 / 171 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop