未明
シーン5 佳子(ヨシコ)
   要子は大学2年と書かれたノートで手を止める。
   ノートを開き、ページに目を落とすと、
   要子の背後に佳子が現れる。

佳子 「あんた、何してるの。」

   佳子の台詞をきっかけに、記子は20歳の姿になる。
   記子の横には旅行用のキャリーケースが置いてある。

要子 『2010年9月15日。なっちゃんとの旅行初日。
    出かける寸前に夜勤のはずのお母さんと遭遇した。
    気分は最悪。』

記子 「お母さん、夜勤じゃなかったの?」
佳子 「こんな時間に何してるのよ。」
記子 「ちょっと、友達と旅行に。」
佳子 「お母さん聞いてないわよ。
    それに、こんな時間から女の子が出歩くなんて非常識よ。」
記子 「新宿から夜行バスだから。」
佳子 「そんな、物騒じゃない。」
記子 「大丈夫だよ。今じゃね、女性専用の夜行バスなんてのもあるんだよ。
    座席は広いし、トイレだってきれいだし。なにより安いしね。」
佳子 「そんなことしなくても、お金がいるなら出してあげるわよ。
    いくら必要なの?」
記子 「いいよ。友達と決めたことだし、もう時間だから。」
佳子 「ダメよ。どこ行くかわからないけど、せめて朝になってからにしなさい。
    お金は出してあげるから。」
記子 「…お願いだからさ、余計なことしないでよ。」
佳子 「え?」
記子 「親のお金で何かしてもらうとか、そういう過保護、もう嫌なの。
    一人暮らしは危ない、バイトもしちゃダメって、
    今時そんな大学生いないよ。」
佳子 「あんたみたいなだらしない子が一人暮らしなんて出来るわけないでしょ。
    ましてや働くなんて。」
記子 「やってもないのに、なんで決めつけるの?」
佳子 「分かるわよ。私はあんたの母親よ。」
記子 「…何が母親よ。私のことなんて何にも知らないくせに。」
佳子 「なんですって?」
記子 「じゃあ聞くけど、今回の旅行代、私がどこから出したか知ってるの?」
佳子 「…。」
記子 「ほら、私がバイト始めたことにも気付いてないじゃない。
    お母さんは私のことなんて見てないんだよ。
    仕事をして、家事もして、中島さんはすごいわねぇって、
    周りの人に良い格好がしたいだけなんだよ。」

   佳子、記子の頬を平手で打つ。

記子 「私はいつまでもお母さんのものじゃないんだよ。」

要子 『口の中を切って、痛くてごはんが食べづらい。
    せっかく名物がとんこつラーメンなのに、残念すぎる。
    あー、モヤモヤする。やっとお母さんに本音が言えたのに、なんでかなぁ。
    全部が全部上手くいかない。』

   要子は、読んでいたノートを破り、一斗缶の中にくべて燃やす。
   記子はもとの姿に戻る。
   佳子は、記子をはたいた右手をじっと見つめながら、
   背後の暗闇に消えてゆく。
   要子はまたノートを燃やし始める。
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