誇り高き

数日前________。

宇治は仕入れた反物を手に道を急いでいた

空に黒く厚い雲が広がってきていたのだ。

雨の気配がする。

急がないとせっかく新品の反物が濡れてしまう。

しかし、宇治が思っていたよりも、雨が降ってくるのは早かった。

ぽつり。 ぽつり。

降ってきた雨はすぐに豪雨へと変わった。

傘に雨粒が当たって、ばちばちと激しい音を立てる。

こうなったら、諦めてゆっくり行きまひょ

かくして宇治は店へとゆっくりと歩いて行った。




一層雨が強くなった頃、やっと店が見えてきた。


…………なんや、あれ?



激しい雨のせいで、視界は明瞭ではなかったが、店の前に何かがあるのが見えた。

倒れている人のような。

人…………?


近づいていくにつれて、視界がはっきりしてくる。

まず目に入ったのは、髪の毛だった。

ところどころ泥で汚れた、白い髪の毛。

宇治の知り合いで、白い髪の毛を持った人は一人しかいない。

「紅河はん………?」

だが、その人が倒れているとも思えなかった。

彼女が倒れる所など想像できない。

しかし、近付けば近付いて行くほど紅河にしか見えなかった。

「紅河、はん!」

力無く閉じられた瞳。

だらりと下がった四肢。

顔色は悪く、呼吸は浅く荒い。

体はとても冷たかった。

慌てて宇治は紅河を抱き上げると、店へと運んだ。

布団を敷き寝かせると、懇意の医者の元へ激しい雨の中を駆ける。

衣に泥が跳ねようがお構いなしに、宇治は走った。

「松本先生。急いで見てほしい人がおるんや!」

「宇治君!そんなに息を切らして。どうしたんだい?」

将軍・家茂の典医の松本良順は、珍しく慌てている宇治を驚いて見ていた。
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