第1章 石光 エイスケ
「大丈夫?……痛いところない?」
「……別に」
「今日は調子よさそうじゃない。良かったわね」
「……」
「そうだわ!何か欲しいものある?しばらく病院食ばかりだから他にも……」
「うぜぇんだよ黙ってろ!」
俺は耐えきれなくなって怒鳴った。
「毎日毎日毎日毎日、何がしたくて来てんだよ。」
「……」
「迷惑なんだよ。もうくんなっつってんだろ」
俺は母親を睨んだ。
母親は目が合うと、とっさに目を伏せてスタスタと病室を出ていった。
ったく、うっとおしいんだよ。



ぼーっとしながら、動かなくなった自分の足を拳で殴った。
何度も。
でも、なんの感覚も感じない。
ただ痛々しい跡が残るだけだった。


俺は虚しくなって車椅子に乗った。向かう先は誰もいないはずの屋上。
この病院はもともと建物が古い。
鍵は壊れてるし、最上階は死体安置室がある。おかげで気味悪がってほとんど誰もこない。死ぬには絶好の場所だと思っていた。
エレベーターを降りて最上階についた。
するとそこに予定外な人間が1人、しんとしたフロアの中で泣いていた。
部屋の前にうずくまり頭を抱えて泣いているのだ。俺と変わらないくらいの背の高い青年で、その時はあまりに弱々しく子鹿のようだった。
俺にとってそいつは予定外だと言ったが、予定外だったのは俺の行動だろう。無視すればいいものをなんとなく気になってしまい素通りできなかったのだ。
どうして気になったのかわからないが、きっと原因は足だろう。歩ける足を持っていながらなんでそんなに泣かなければならないのか俺には分からなかった。
「お前何してんの?」
俺は思わず声を出した。
しかし、そいつに俺の声は届かなかったようでまるで無反応だった。
少しイラッとした。けど、そう思いつつも素通りしないのは、死を前にして誰かに止めてもらいたいからだろうか。
俺はそいつに近づきうずくまった背中をポンポンと叩いた。そいつはビクッと肩を震わせて顔をあげた。
「何してんの?」
俺はもう一度聞いてみた。そいつは目を見開いたまま固まってしまった。
そりゃそうか。
「悪いんだけど、屋上まで手伝ってくんない?階段登れなくてさ」
適当に話を持ち込んでそいつに絡んでいく。だがやっぱりポカーンと口をあけて動かない。
今まで何かしらの理由で散々泣いていた筈なのに、俺が来たせいですっかり忘れてしまったようだ。
それどころが動転していて今の状況も飲み込めていないらしい。まぁ突然に車椅子の知らない男に声かけられたら誰だってなるだろうけど。
「聞いてる?ダメかな?」
そいつは3回目にしてやっと魂が戻ったらしく初めて瞬きをした。
「えっあぁごめん。テンパってもてさ」
俺から目線を外して下を向いた。
その瞬間そいつは、さっきまで泣いていた理由を思い出したのか曇った表情をした。
「俺で良かったら話聞くけど?」
俺はこんな奴だったかな。いや、大泣きするほどの理由が聞きたいだけだ。
「えっ……あぁ」
そらそうなるよな。
「とりあえず屋上連れてってもらえる?」
さっきの言葉はなかったことにしてもらえたらありがたい。
「いいけど」
俺は階段の前で車椅子から降り、腕力を使って階段を登る。
「車椅子頼む」
「あぁ」
口数の少ない奴だとか思ってしまったが仕方ない話だな。
途中、俺の車椅子を持ってスタスタと登るそいつを見て独りでに虚しくなってる俺もまた、悲しい奴なんだな。



「なんで泣いてたんだよ?」
突然に聞いてみた。話す話題もないんだし必然的にこうなる。
「いや、別に」
そいつは横に座って遠くを見ていた。
「そういやぁ名前なんていうの?」
「え?」
ここに来て初めてそいつに話しかけられた。意外過ぎてきょどる。
「エイスケ。お前は?」
「シンジ。よろしくな」
「あぁ。」
シンジと言うそいつは、さっきまでとは打って変わって明るく笑っていた。
良く見たら普通に整った顔してんじゃん。
「シンジ学校どこ?何年?」
「え?俺の事知らない?サッカーやってんだけどさぁ……サッカーやってる?」
「……やってねぇわ。強いとこ?中央東とか?」
「おぉ!そうそう。中央東2年 高岡シンジ」
「わりぃサッカー知らなくてさ。陸上ならやってたけど」
「マジか。俺高校サッカーでは結構有名なのになぁ」
「また学校のサッカー部に聞いてみるわ」
「おう。エイスケは?」
学校……そういえば俺学校行く予定ないよな。
「南星高校の陸部2年、石光 エイスケ」
「あぁ!南星って陸上強いって聞くよな。やっぱそれ狙い?」
「まぁなぁ。俺もインターハイとかでトップの成績とったりしてるけど知らん?」
「わりぃ……わかんないわ」
「ははっお互い様かよ」
「はははっ」
2人してなんとなく笑った。けど、それも一瞬の話だけど。
「もう走れねぇけどな。こんなんじゃ」
言ってしまった。俺はすぐに空気を壊す癖が昔からあるからもう気にもしてない。
「どうしたんだよ。その足」
シンジは俺の顔色を伺いながら聞いてきた。
「シンジが泣いてたのとほぼほぼ類だろうな」
「類って言い方な」
口の端をあげながら少し笑う。
「俺さぁ……イジメられてたんだよな」



2週間前
俺はインターハイ優勝を、2位と1秒という大差をつけて華々しく飾った。今までに無い充実感に俺は心底嬉しかった。部活のメンバーも俺の全国優勝を喜んでくれ、祝ってくれた。
だが、そんな幸せに浸かっていられたのはほんの2日程度だった。
3年生にとって最後のインターハイを、同校の後輩にとられたのが悔しかったのだろう。俺と同じタイミングで走っていた矢杉先輩は、惜しくも4位で止まり3位入賞を果たせなかった。
俺の実力は天才肌だといつも言われていた。俺が南星にきた頃に既にその時のエースだった矢杉先輩と肩を並べていたし、夏になる頃には俺は先輩を抜かすようになっていた。
矢杉先輩を筆頭に俺へのイジメは始まった。大半が嫌がらせをするもので、ユニフォームやスパイクの紛失は当たり前だった。毎日のようにゴミ箱やトイレや水道から俺の持ち物が出てくる。朝練の途中で盗み、そのあと隠すのが基本となっていた。あるときは女子更衣室から見つかったこともある。おかげで俺は女子から変な目で見られるハメになった。他にも、ロッカーへの落書きや持ち物の破損など陰湿で迷惑な事が多々起こった。
部活では、矢杉先輩命令で雑用係。準備から片付けまで全て俺1人。練習時間は減り、疲労だけが溜まっていった。
練習も、順番の後回しやレーンから外されるなど快くできたもんじゃなかった。
はじめは俺側についてくれてた友達も、先輩の脅しが怖くて離れていった。
唯一、クラスでは陸部以外の友達や心配してくれる女子がいて別に問題はなかった。3年生が引退するまでの期間だと思うと我慢できた。
でもそれが余計先輩にとって面白くなかったらしく苛立ちを増加させてしまったらしい。俺のイジメは弱まるどころか陰湿になる一方だった。


インターハイから一週間、俺のイジメも一週間がたった頃だった。
先生から俺をスカウトしたいと言うスポンサーがいると聞かされた。もともと俺が出てくる前までは、矢杉先輩をスカウトするはずのスポンサーだ。
それを知った矢杉先輩はかなり怒った。
厄介だと思った。
案の定、厄介な事は起こった。
今まで間接的だったイジメが、暴力となって直接俺に降り注ぐようになっていった。
正直、暴力はきつかった。練習の時間は体がひしひしと痛み、全身にあざができた。でも、俺は反撃しようとは思わなかった。俺が一度でも手を出せばそれを強みに次は顧問も絡めて俺を悪者扱いしてくるだろう。それだけは避けねばならない。それに暴力を使えばあいつらと同類になってしまう。
第一、俺は悪くない。そのうちに神も俺の味方をしてくれるだろう……



2日前
雨で急遽部活がなくなった2日前に、スポンサーと面談することが決まった。スポンサーの方が学校に来たいと言ったらしい。
俺はこの機会をチャンスだと思っていた。
オリンピックに通用する実力者を多数持っている有名スポンサーだ。断ろうなんて少しも思っていない。
会議室で会うことが決定し、12時に来るように先生に言われた。
だが、このことは先輩の耳にも届いたらしく、11時半に話があると矢杉先輩と仲のいい井坂先輩に部活に来るように誘導された。
何もなく終わって欲しい……これが本心だった。残り30分なんだ、俺にかかわらないでくれ。しきりにそう思っていた。
井坂先輩に命令されて部室に入った。中には矢杉先輩ただ一人だ。
「話ってなんですか?」
矢杉先輩は俺を睨んでは舌打ちをした。
「スカウトけってこいよ」
来ると思っていた。ここで俺も大人しくはいと答えれば事は起きなかったのだ。
「どうしてですか?」
俺は引き下がらなかった。残り30分と言う焦りと、日頃のストレスで俺の我慢は限界となっていた。
「もともと俺のスポンサーだ」
「でも求めているのは俺ですよ」
「だから?」
「けりません」
「殴れたいのか?立場考えろよ」
「立場?陸上の世界に立場とかあるんですか?今は先輩後輩関係なく、実力がものを言ってます。すべきでは実力です。小さいことにとらわれている暇があったら練習すべきではないでしょうか?もう少しいうなら、先輩の実力は俺より下ですから、立場をわきまえてないのは先輩のほうじゃないですか?今まで散々嫌がらせをされても弱い者のあがきとかひがみにしか見えなくて、正直笑えますよ」
俺は鼻で笑いながらまくし立てた。その瞬間、画像が揺らいだ。左頬に大きな衝撃が走った。体がグラりと傾く。ロッカーに打ち付けられよろめき、続いて矢杉先輩の蹴りが腹に入った。
「ケホッ……」
かすんだ声が漏れ、呼吸が一瞬止まる。後ろにあとざすった俺を、井坂先輩がすかさず背中を殴った。呼吸がもっと薄くなる。その隙を見て、井坂先輩が俺の肩を掴んで引っ張ると勢い良く地面に倒した。後頭部を強くうち意識が飛びそうになる。その上から矢杉先輩が俺の右足のすねを思い切り踏みつけた。
バキッっという衝撃音と共に俺の足に激痛が走った。
「ゔあぁ!!」
あまりの痛みに俺は叫んだ。弁慶の骨が砕けたらしい。反射的ににじみ出る涙。
矢杉先輩達はまだやめない。足を抱えて丸くなった俺を二人で囲んで蹴り始める。全身に痛みを伴い転がされ頭が狂いそうになる。さすがに反撃しないとまずい状況となってきた。だが、反撃する余裕など持てないうえ、頭の整理がつかず視界がはっきりしない。やっとのおもいで目をあけたとき。ニヤリと笑う矢杉先輩が見えた。それと同時に、うなじにはいった井坂先輩の蹴りのせいで俺の視界はホワイトアウトし、気を失った。



俺はシンジに事の全てを話した。
「気がついたら昨日の夕方だった。病室のベッドで寝てた。動かない足で。俺の足が動かなくなったのは、最後の井坂先輩の蹴りのせいらしい。首にいきなりでかい衝撃を与えたせいで神経が狂ったんだと。」
俺は大きくため息をつき、一息ついた。全てを話し終わって、改めて虚しくなった。せり上げる、悲しみと怒りと足を失った絶望で今までに思ったことがない気持ちになった。シンジは俺の方を見て黙っていた。
< 2 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop