祭囃子の夜に

 勢いよく襖を開けバタバタと騒々しい足音で廊下を走ってやってきたのは、体格の良い青年だった。茶色の短髪、耳にいくつもピアスをつけている。金髪ではなくなっているが、テツであることは間違いなかった。
 つい先刻あかねに叱られた事が蘇り、翔一は露骨にテツから視線を外した。

「ねぇさん! すみませんっした!」

 翔一のそんな様子には目もくれず、テツはあかねの前で膝をついて床に頭を付けた。

「俺、ほんと、ねぇさんに恥かかせてばっかで……」

 突然の土下座にぎょっと目を見開いた翔一だったが、テツの言葉で事態を飲み込んだ。恐らく、彼の失態と、それに詫びを入れてきたというあかねへの謝罪なのだろう。
 そして同時に、今目の前で過剰なほど床に額を合わせているテツに、自分はどんなイメージを持っていたのだろうと考えた。少なくとも、こうして素直に謝罪をするような人物だとは思っていなかった。他人から聞いただけのイメージで外堀を固めて、テツの内面まで決めてかかっていたのは言い訳のしようがない事実だ。
 別の理由で感じていた居たたまれなさが、掛け算で倍に増したように思えた。

「あのねぇ」

 あかねの声に、翔一の身体がまるで自分が怒られているようにびくりと動く。
 恐る恐るあかねの様子を見遣ると、声色とは裏腹に、その表情はどことなく優しさを含んでいた。

「あたしはアンタの親方なの。親なの。失敗なんか誰だってするよ。親がそれ面倒見ないでどうすんの。それを恥だって思ってどうすんのよ」
「でも……」
「責任取るのもあたしの役・割・な・の! 二回同じことしなきゃそれでよし!」

 尚も食い下がるテツの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でつけて、それから顔を上げたテツにニヤリと笑いかける。その仕草は、翔一に向けるそれと何ら変わりが無かった。
 あかねは本当に家族のように従業員に接しているのだ。改めてそう感じさせられる光景に、翔一の胸はざわついた。そのざわつきの原因が幼い子供が抱くそれと同じだという事に気付くと、今度は掴みどころのないモヤモヤした気分が胸を詰まらせる。

「はい! あざす! 気を付けます!」
「解ったら頭上げな。床に頭付けられちゃ、そっちの方がよっぽど恥ずかしい」
「はい!」
「まぁまぁ、仕事の話も済んだところで、夕飯食べてきなさいよてっちゃん」

 ようやく顔を上げて立ち上がったテツに、今度は母がにっこりと微笑んだ。

「その前に、挨拶」

 あかねの視線が翔一に向かう。
 子供な自分への苛立たしさと恥ずかしさに苛まれていた翔一は、もごもごと口を動かした。

「……どうも」
「声が小さい! 挨拶はきちんとしな!」

 こと礼儀作法に関しては人一倍うるさいあかねである。頭を押さえつけられて、無理くりにお辞儀をさせられた。

「コンバンハ。お仕事お疲れ様です」

 テツに対する態度をどうしたものかと考えあぐね、結局気が進まない気持ちを前面に押し出した口調になってしまった。そんな所も、やはり翔一はまだまだ子供だ。

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