夢のような恋だった
ドンという大きな音とともに、壁に背中がぶつかる。
一瞬ざわついた周囲の人の目が一気に私達に刺さる。
「そんなんじゃない」
「そ、そうでしょう? 草太くんと別れたって茂くんとは付き合わないよ。私は誰のものにもならない。私だけのものだわ。二人の間の競争材用にするのはやめて!」
声は震えたけど、言わなきゃと思った。
草太くんがこだわっているのは私じゃない。茂くんだ。
怖くてしばらく目をつぶって居ても、次の一撃も罵声も飛んでこない。
恐る恐る目を開けると、草太くんが睨むように私を見て舌打ちする。
「……分かった」
「草太くん?」
「いいよ。別れよう」
「う、うん」
「そこまで言われて付き合えない」
草太くんはそのまま、踵を返して走っていった。
壁に背中を付けたまま取り残された私は、恐怖のあまり身じろぎも出来ず、しばらくそこに固まっていた。
「だ、大丈夫ですか?」
駅ビルに入っている花屋の店員さんが一部始終を見ていたのか駆け寄ってくる。
「あ、すみません」
「何か怖いことされました? 大丈夫?」
「……大丈夫です」
店員さんに頭を下げ、私は駅構内へと入る。
帰ろう。
怖かったけれど、少なくとも一歩前進した。
これで智くんにもう一度向かっていける。
私は震える足を何とか前にだして、駅のホームへと向かった。