夢のような恋だった


そして夜、帰ってきた壱瑳は俺の周りで漫画を読む。


「男ってホント動かないよねー」


キッチンから聞こえてくるのは琉依のボヤキ。

いやでも、久々に実家に帰ってきたら普通何もしないだろ。
甘えに帰ってきてんだよ、こっちは。

とは言え、せっかく帰ってきたんだし、礼の一つも言うべきなのか。

あーでも、恥ずかしいな。
この家族を前にかしこまって頭を下げるとか絶対にやりたくない。


やがて、出来上がったすき焼きを囲み、ガツガツ食いまくる琉依と壱瑳を見て何故か俺が胃もたれする。

時折、母さんの箸が二人の箸を蹴散らすように動き、父さんがビールを飲みながら笑う。


「ほら、智も飲め」

「んー、ありがと」

「子供と酒が飲めるってのはいいもんだな」

「そう?」

「ああ。これも一つの親孝行だろ」


こんな親孝行でいいならいつでもするけど。


「やぁね、卓。死期の近い老人みたいにささやかなこと言わないのよ。これからもっと沢山親孝行してもらわなきゃでしょ」


父さんの背中をバンと叩いて、ビールの入ったグラスを空にする母さんを見て、俺は密かに血の気が引いた。

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