夢のような恋だった


 そして、ホワイトデー当日。
壱瑳はバイトに行く前、そっけない声で私を呼んだ。


「琉依」

「なーにー」

「ん」


手渡されたのは、シンプルな紙袋だ。


「なにこれ」

「お返し。クッキーも作ってくれてありがと」


今日はお休みなので、学校でもらったチョコのお返しは昨日の内にしたらしい。
壱瑳は私に包みを渡すと、そのまま家を出て行った。

私は部屋に戻り、包みをあける。
中に入っていたのは、私が子供の頃から好きだった北海道の有名メーカーのホワイトラングドシャだ。

これ、お取り寄せしなきゃ買えないのに。
いつの間に買ったんだろう。

私の好きなもの。壱瑳はちゃんと知ってる。
私だって知ってる。壱瑳の好きなもの。

胸が再びモヤモヤする。

わかってる。

さっきの壱瑳の顔。そっけない声。その中に潜む不安。
聞かなくたって、分かってしまう。


「……壱瑳。壱瑳!」


瞬発的に上着を来て家を飛び出した。

壱瑳が電車にのる前に捕まえなきゃ。

壱瑳が出て行ってから、まだ五分くらいしか経ってない。そんなに早足じゃないから、走れば間に合うはずだ。

勢い良くかけだして、足がもつれてしまうものの私は足は遅くない。
駅に着く手前で、壱瑳の後ろ姿を見つけた。


「壱瑳、待って!」

「……琉依?」


深緑のコートを着込んだ壱瑳がキョトンとした顔で振り向く。

ほら。気弱な顔してんじゃん。

分かるんだよ。私、壱瑳のおねえちゃんなんだから。

脈が無いって思う彼女に、義理でもらったチョコよりももっともっと多大なる想いを乗せたお返しを渡すこと。
人見知りな壱瑳にはどれだけの勇気が必要なのかなんて。

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