夢のような恋だった


「……だって茂くんは草太くんの友達だものね?」

「紗優ちゃん、俺は」

「これ、会計する?」

「あ、ああ。うん」


そのまま笑って誤魔化して、茂くんをレジへと促す。
茂くんが苦手だと思うのは、自分に似ているからかもしれない。

決定的な言葉を避けるのは要は逃げているということで。

いつもいい子でいようとするのは、傷つけたり傷つけられたりするのを避けるためだ。

円満な人間関係を築いているようで、その実自分では納得のいっていない時が多い。
私が後悔することが多いのはそのせいだろう。

私が自分から誰かを傷つけようとしたのは、智くんに嘘をついたあの時だけ。

だけど後悔していないのも、あの時のことだけだ。


「後悔……か」


したくない。

少なくとも、智くんのことでだけは。

再会して、ちゃんと話も出来なくて。
私、それで良かったの?

会って話して、智くんに嫌われてることを確認するだけだったとしても。
例え傷ついたとしても、このまま悶々としているよりいいんじゃないかしら。


本を片付けて、レジに戻る。

今日も書店には沢山の人が居る。

本との出会いを求めてやってくる人、目当ての新刊を買いに来る人、業者の営業さん、文具コーナー目当ての人、時間つぶしの人。

こんなにたくさん人がいてすれ違っていく。

今この瞬間に別れる恋人たちも居れば、どこかでは恋が生まれている。
出会いは奇跡だ。

もう一度また会えたのも


「……奇跡だ」


そう思う。

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