ある派遣社員の男
まぁ、その次に話す事と言えば俺らより下等な人間。‌‌
つまり、ドロップアウトしそうな社員を目敏く見つけて、いつ辞めるか予想し合う事だった。‌‌

「ここの会社の、営業部の田中さん、金曜日になると実家の北海道まで帰ってるらしいよ?」‌
田崎が言った。‌
「マジで!?いよいよキテルな田中さん。前回、取引先でチョンボ(仕事上のミス)したからな。」‌
男がしみじみ言う。

「でも、さらにキテルのが居て、面白い事に鈴木さんなんか、出来ない仕事を全部抱えて受けてるから、鈴木さんの勝ちかな。」‌‌
「出来ない仕事を?」‌‌
「そう!出来ない仕事を一手に引き受けて溜め込むんだよ鈴木さんは。なんでも躁鬱病によくある症状なんだと。」‌‌
「へぇ。バカだねぇー。自分で自分の首を絞めてるんだから。」‌

男は鞄から水筒を出すと、ある日すごいテンションで新入社員に話しかけていた鈴木さんを思い出していた。‌

躁鬱病は、テンションの起伏が激しいと聞くが・・。‌‌
あれは、ひょっとして病気の兆候だったのだろうか?‌

「鬱病で欠勤してる田辺さんより、鈴木さんの方が早く辞めそうだな。」‌‌
「鈴木さんの躁鬱病は信頼度が高そうだしな。」‌‌
男は思う。‌
「ゲキ熱ですよ、ゲキ熱。」
田崎は、さも他人事のように下品に笑った。

そうやって、社会に上手く逃げ道を見出だせないから鬱病なんて弱い病気にかかるんだ。‌‌
しかし、無理して引き受けるなんて、なぜ自殺行為な行動をとるのだろうか?‌‌
人間の深層心理の中に、自殺を促すような、破滅的な部分があるとでも言うのだろうか?‌‌
いずれにせよ、社会に適応出来ないバカだ。‌‌

男は小さく笑うと、水筒のカップにお茶を注いで口にしようとした。‌‌
彼が口にするまで、色の同じそれは悲しい事にお茶に見えた。‌‌
人間、日常で無意識にやってる事に歯止めは効かない。‌

「オエッ!!」‌‌
「どうした?」‌‌
男は、椅子から弾かれたように立ち上がるとアンモニア臭が来ないように配慮しながらトイレへ走った。‌‌
溜めに溜めたそれはしょっぱく、糞尿地獄の蓋を開けたような味がしたと言う・・。
< 5 / 6 >

この作品をシェア

pagetop