男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「{は、はい!こちら姫野。}」

はは、驚いてるな。悪い…姫野さん。驚かせて。

「姫野さん。同時進行でのメンテありがとう。ずっと会話を聞いていたが、業務(さば)き見事だった。今から合流するから。…作業中、心細くはなかったか?」

俺の話す様子を見て、兄さんが驚いていた。

まぁ、無理もないだろう。
俺自身ですら…こんなに柔らかい声のトーンで、姫野さんに作業中の様子を聞くとは思っていなかったんだから。

「{いえ、大したことは…。心細さは…少し。でも、院長先生が様子を見ながら『落ち着いて業務を進めて。』と(そば)で声を掛けて下さってましたから。}」

――父さん、ありがとう。

「そうか。分かった、安心したよ。じゃあ後でな。」

「{はい、お待ちしてます。}」

……っ! あなたは、俺の理性を飛ばす気か?

――「お待ちしてます。」
静かに、それでいて心弾んでいるようなトーンで…そんなこと言わないでくれ。頼むから。
そんな風に言われたら…俺だって【期待】するぞ?

あなたと接する時は、【待ちの姿勢】で居たいのに…。

そんな心の動揺を誤魔化すように、俺は姫野さんとの通信を終えると間髪入れずに【incomily(インカミリィ)】の通信モードを、再度【個別】から【複数】へと切り替える。

「よし。"俺の作業"もキリがついたところで…内科へ向かおう、兄さん。…この後の作業は、俺の部下の工藤に頼んであるから心配ない。」

「あ、あぁ。分かった。」

こうして俺は兄さんとともに〔副院長室〕を出て、姫野さんたちが待つ内科へと足早に向かった。

**

「あっ、“昴様”!ようやくお会いできましたわ。ご無沙汰しておりました。」

「これはこれは、寿(ことぶき)さん。ご無沙汰しておりました、お久しぶりですね。」

俺は兄さんに続きナースステーションへ足を踏み入れながら、【営業スマイル】で寿に対応するが……内心ではつくづく呆れ返っていた。

毎回思うが、いちいち“女の顔”を出してくるなよ。
気色悪い、寒気がする。
俺は“仕事中とオフの線引きもせず、男ばかりを追いかけ回す女”に…魅力なんて微塵(みじん)も感じねぇんだよ。

下に下りてきて…早々に“面倒な(やつ)”に捕まった。この女の勤務日に当たるとは――。

皆川(みながわ) 蘭子(らんこ)の【姫野さんに対する暴言】といい、この内科で“一番面倒くさい女”である寿(ことぶき) 順子(じゅんこ)との遭遇といい…今日は厄日だな。

さて、それはそうと……。
皆川、どうやって【料理】してやろうか…。

父さんと兄さんは……。フッ、2人とも涼しい顔してんじゃねぇよ。
俺の出方を見てるってところか……。

そういえば、寿と皆川と神田(かんだ)が行動を共にしているのを何度か院内で見かけたな……。

フッ…コレだな。
仲間内で【制裁を下される】のが、一番効くかもしれない。

「本条課長、お疲れ様です。」

工藤、今のは偶然だと思うが…良いタイミングで声掛けてくれた。会話のきっかけにさせてもらうな。

「お疲れ様。工藤…悪かったな、急きょ応援頼んで。」

工藤とのそんな会話をしている間に、何となく我が社のメンツが近づいてきて、横一列に並んで立った。
そして俺たちを中心に、看護師たちはその両サイドへ移動してきた。

俺と対峙するように立っているのは、もちろん父さんと兄さんだ。

「いえ。今日はここ数日の【外回り】のデータをまとめる事務作業に当てようと思った日でしたから問題ありませんよ。…それにしても。グレースクリーンが3台も出るとは…大変でしたね。桜葉からの進捗状況を聞けばウィルス感染は無かったとのことで安心しましたが…。姫野さんも津田も、ちょっと緊張したでしょう。」

「はい、少し緊張しました。」

そうだな、2人ともお疲れさん。

これを会話の入り口にすれば、あまり不自然な流れにはならないだろう。……いくか。

「…さて。まずは皆川さんに謝罪をさせて下さい。先ほどは私が電話対応できず誠に申し訳ございませんでした。」

「えっ…!?」

俺の放った一言を聞き、寿が皆川を睨み付けていた。

まさかこのタイミングで自分の名前が出されるとは思っていなかったのだろう、皆川は睨み付けてくる寿に狼狽(うろた)えている。

フッ、効果的面だな。あとで仲間内で(しぼ)られろよ。

「上司への業務報告をしておりました最中でしたが、私が通話を終えた後、院長からのお話を聞いたところ…どうも話が噛み合わず時間がかかっているようだとご報告いただきました。姫野の電話対応で疑問点などありましたら、ぜひともお聞かせいただきたいのですが…いかがでしょうか?」

「……。」

黙るか…だろうな。 だが、黙っていたところで【事】を流してやるほど、俺や父さんは…優しくない。

黙り続けている皆川に対して、俺が切り込み方をほんの一瞬考える間に父さんがこう切り出した。

「皆川さん?姫野さんの対応に疑問点が無いのであれば、それを素直に“本条営業課長”に伝えれば良いだけの話だよ。ここで黙っているというのは失礼だ。」

「……。」

「ふぅー。これだけ言ってもあなたは自分から言おうとしないんだね。あなたの口から聞けるのを待っていた部分もあったが…仕方ないね。…本条課長、先ほどの"アレ"を…。今回は複数の問題により双方に不利益が出ていますし、しっかりと向き合わなければなりません。あなた方だって、"タダ"で来ているわけではないのだから。」

さすがだな、父さん……。

「院長……。お心遣い痛み入ります。それでは、"こちら"を使うタイミングは…あなたにお任せします。」

俺はジャケットの内ポケットからボイスレコーダーを出し…渡した。

「ボイスレコーダー…。うそ…。どうして…録ったんです、か…?」

ボイスレコーダーを出した途端、皆川は息を呑み…態度を一変させた。

「そうですね、電話対応の際はサービス向上のため通話を録音させていただく場合もあります。これは大多数の企業がやっていることですから、弊社が特別ということはないと思われるのですが…。」

俺は毅然(きぜん)とした態度で、事実を一般化して伝える。

「そうだね、一般的にもよく行われていることだよ。皆川さん?一体どうしたというんだい?急に焦り出したね。私に…いや、あなたや寿さんが好意を寄せる“息子の昴”に【知られては困ること】があるんじゃないのかね?」

「……っ!そ、それは――。」

【突かれたくないところ】を突かれたのだろう、皆川は唇を噛んで下を向いた。

口調は優しげだが…語られている内容は核心を突いていて、容赦ない。
やっぱり父さんには敵わないし、“敵”に回したくもねぇな…。

「…でも、残念ながら。ここで止めてあげることはしないよ。今後のためでもあるからね。ちなみに。あなたと姫野さんの会話をボイスレコーダーで録るよう、“本条課長”に勧めたのは…私だから。……では、聞いてみようか。」

そう言うと父さんはボイスレコーダーの音声を再生させ、"この場"に居る看護師たちに先ほどの姫野さんとの通話の一部始終を聞かせる。
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