男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「それに…。思っていたよりも課長が早く戻って来られたにもかかわらず、この短時間の間に中川師長さんが操作を覚えられるように同じ動作を反復練習してもらっていたようですし、我々がつい使ってしまう専門用語も使わずに説明されていました。……彼女、課長の【IT講習】にお呼びしたら良いかもしれませんよ。」

えぇっ!?課長のお手伝いですか?
それはちょっと…。私には荷が重すぎますよ、工藤さん。

彼の発言を聞き…課長はハッとなって、私たち2人を交互に見た。

「お?それは良いかもしれない。追々サブ講師として一緒にしていくことも視野に入れようか…。検討の余地ありだな。」

課長までそんなこと言いますか…。勘弁して下さいよ。

「あ、そういえば"エラー"の内容って何だったんですか?神代先生のPC…でしたっけ?」

桜葉くんが課長に問い掛ける。

「あぁ、あれはな。データの入れ過ぎだった。カルテとかの【病院で必須なデータ】以外に先生の論文データなんかも一緒に入ってた加減で、HDDを圧迫したり…不良セクターがそれなりの数出てたんだ。」

「あぁ、【あるある】ですね。」

工藤さんが"よくあることだ"というように、小さく笑って納得していた。

「いやー。“あなた方の課長さん”に怒られましたよ。『これはパソコンに良くない状態ですので、【外付けHDD】を早急に購入してデータをそっちへ移して下さい。』って。それでね…。その後、観月さんにも『このHDDがオススメですよ!』って念押しされたんですよー。営業上手で困るなぁ…。」

そう仰る神代先生は、まんざらでもなさそうに笑っていた。

「…それで?観月くん、俺に合いそうなPCってどのあたり?」

「あっ。そうですよ、氷室先生のPC!選んでいただかないと。先生がご希望の用途だと――。」

話を聞く限り…先生の【プライベート用PC】かしら?

観月くんたちの会話をできるだけ理解しようと耳を傾けていると、工藤さんと桜葉くんが私の両サイドにやってきて説明してくれた。
ちなみに。津田くんはといえば…本条課長の(そば)で観月くんが話しているのをしっかり聞いている。

「そのオプションを付けると、これぐらいの金額になりますね――。」

さすが課長、すぐ会話に入っていく――。

観月くんが不安そうなところにはフォローは入れるけど、あくまで観月くんが喋ることに重きを置いている雰囲気だ。

そこから話が続けられること5分――。

「うん。じゃあ…このカスタマイズで。お願いします。」

無事に“新規のお客様”を1人…獲得できたようだ。

「承知しました。納品には、今だとだいたい2,3週間ほどお時間をいただいております。」

観月くん惜しいわね、言葉遣い…もうちょっと直した方が良いかもしれない。

「思ってたより、かかるんだな…。」

「“氷室先生”。納品までの日数については、あくまでも目安です。お伝えしていた期日より早く納品できることがほとんどですから、ご安心下さい。……お急ぎですか?」

「いや、大丈夫。ただ、俺の予想より日数が必要だったんだなと思ってさ。」

氷室先生の言葉に対して、本条課長と観月くんは――。

できる限りの効率化を図っていること、PCの完成後に各部品やプログラミングの検品作業を行っていること。
また病院や金融機関などの【私たちの生活を支えるための仕事】を担ってくれている企業からの発注を優先して進める場合があることなど…。

これらの理由も含めて、約3週間という風に伝えているのだと説明していた。

「納品の準備が整いましたら、またご連絡致します。……さて。それじゃ外科での活動は終わったから、お(いとま)して…次の科へ行こうか。」

こうして私たちは外科のスタッフさんたち別れを告げ、次の科へと急いだ。



そして。ここから私たちは工藤さん、私、観月くんと…本条課長、桜葉くん、津田くんの二手に分かれて[精神・心療内科]や[整形外科]…[脳外科]や[産婦人科]等々の各科を訪問し、残すは[小児科]へ足を運ぶのみとなった。

「…えっと、残りは――。」

「[小児科]だ、桜葉。」

外科から小児科へと向かう廊下を歩きながら、桜葉くんと課長がそんなやり取りをする。

「あっ、そうだ… [小児科]だ!……子供たち元気ですかね。」

「おぉ。アイツらは年中元気だよ…相変わらずだ。ただ……。」

「"ただ"?…何ですか?課長…。」

観月くんが不思議そうに聞き返す。

「工藤。お前、行けるか?…[小児科]。」

課長が工藤さんの背中に向かって…そう聞き返すと、彼はピタリと足を止めて振り返りこう答えた。

「…申し訳ないですが、会社に戻って良いですか?速水主任に、頼まれた仕事があったのを今思い出しました。」

工藤さん、先ほどみたいに【痛々しい表情(かお)】をされていますよ…どうしたんですか――。

「あぁ、お疲れ様。フロア頼むな。それと日報の内容はメールしておいてくれ。」

工藤さんが頼まれたことを忘れるなんて滅多にない。
きっと【小児科に行けない理由】があるのね。
課長も容認してるし。

「了解です。……部長に伝言などは?」

「あぁ、サンキュ。『今から小児科。』って言っておいてくれれば……。」

「了解です。そういえば、メンテ訪問の度に小児科には顔出すんですか?」

「毎回ってわけじゃないが…そうだな。おもちゃを壊す子供が、訪問の度に何人かは居てな。ドクターと看護師さんが困ってたのに手を貸したのが始まりだ。おかげで今じゃ…すげー懐かれてるよ。」

「なるほど。それで病院訪問の時は少し戻りが遅かったんですね。それに部長も(とが)めるどころか『今日は捕まってるな、あいつ。』ってニコニコしてることもありましたし…。1つ疑問が無くなりました。」

「"鳴海家"は子煩悩家族だからな。『子供の未来は日本の未来』と『子供たちから"カッコイイ仕事!"って言われて、それをきっかけに技術者に憧れてくれたら最高じゃないか。』っていうのが社長の口癖だからさ。」

そういえば、そうですね。
その言葉…秘書時代によく耳にしました。

「でも実は…。本条課長も子煩悩だったりして?俺は…子供苦手ですけど。」

工藤さんのこの表情を見るに…"子供が苦手"は、きっと嘘――。

「さすがは工藤くん、昴をよく見てくれているね。長女のところの甥と姪は目に入れても痛くないぐらいには可愛がっているから。」

「それは父さんもだろ。」

ふふっ。なんて微笑ましいやり取り。

「はは、そうなんですね…院長先生。そうすると、やっぱり会社での課長の塩対応は…本当に【女避け】だったわけですね…ククッ。」

「工藤。お前、とりあえず早く戻れ…。主任が待ってるだろ。」

そう言って話をすり替える本条課長に対し、工藤さんは「はいはい、戻りますよー。」と気のない返事をしつつ可笑しそうに笑った後、私たちに背中を向けて去っていく――。

工藤さんの…笑っていながらも【どこか物悲しそうな背中】。

私は、それを何とも言えない複雑な気持ちで見送った――。
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