男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「ふふっ、昴のことを聞かれるなんてね。雅ちゃんの中に"環境を変えも良いかも…。"って心境の変化が起こってるってことね。ちょっと驚きよ。さっきチラッと話してくれた、″新一くんや昴が雅ちゃんの仕事ぶりを評価してる″ってことが影響してるかしら?」

さすが白石先生。
「ちょっと驚きよ。」なんてお茶目に返してくれるけど、本条課長のことを聞いた意図はちゃんと()み取ってくれているような気がした…。

「雅ちゃんが【一番気になっているであろう部分】から答えましょうか。おそらく"コレ"よね。」

白石先生は、そこでいったん言葉を切り…自信に満ち溢れた笑顔でこう続ける。

「"〔開発営業部〕へ異動することになって不安だな。"、"何かあったとき頼っていい人居るのかな。"…でしょう?……結論から言うわね。新一くんと昴は頼っていい。【必要悪】は別だけど、あの2人…基本的には曲がったことが大嫌いだから。絶対に雅ちゃんの【味方】で居てくれるわ。大丈夫よ。」

「あー。なるほど、そういうことか。【味方】が居てくれるかどうかは…とても大事だね。僕にも居てほしいって言ったのは"男性からの話も聞きたかったから。"ってところかな。」

白石先生に続いて、本条先生も会話に入ってきてくれる。

「そうだなぁ…。僕が言うのも変な話だけど、“あいつ”は誠実な奴だよ。仕事だろうとプライベートだろうと、頑張ってる人が困ってる時は放っておかない。ちゃんと助けてくれるよ。逆に“裏がある人”には恐ろしいほど冷たいけどね…。」

先生たち、やっぱりすごい…プロだなぁ。
私の【今一番不安だったこと】を取り除いてくれた。

「そうそう。“仕事は疎かにしてるのに恋愛だけは張り切る女”とか、男でも女でも“自分のことを棚に上げて他人を見下す人”は大嫌いよ、あの子。あと本人いわく、『会社では、俺のことを紳士的だって言う奴と…冷徹人間って言う奴が半々だ。』とかは何度か聞いかな。…まぁ、そんなとこかしら?…ね、忍?」

「そうだな、姉さん。」

白石先生に話を振られた本条先生は、彼女に視線と微笑みを返しつつ、そう言った。

「どう?雅ちゃん。判断材料になったかしら?」

「はい、十分すぎるほど判断材料いただきました。ありがとうございます。……本条課長、イメージ通りの方で安心しました。あとは、もう少し自分の中で考えて結論を出したいと思います。」

「えぇ、それがいいと思うわ。……あっ、そうそう。話がどう転んでも私と忍は雅ちゃんの味方だからね。…それじゃ。私たち医局に戻るけど、何かあったら遠慮なくナースコール押してね。」

「ちなみに。今日は僕と白石先生が当直でずっと居るから、本当に発作起きそうな時とか遠慮しないで呼んでね。それから、明日は朝9時の回診で不調が無ければそれ以降での出勤は認めましょう。本当は大事を取って1日は完全に休んでほしいところだけどね。…それじゃ、おやすみなさい。」

こうして先生たちは病室を出ていった。

**


「近いうちに結論が聞けそうね、異動の件。それから明日は半休ね。」

「はい。今夜一晩考えて、明日出勤できそうなら直接お伝えしたいと思いますが…。半休…こんな忙しい時期に申し訳ありません。」

私が謝罪すると、叶先輩は「何言ってるのー。雅ちゃん、付けてないけど10分単位のサービス残業しすぎなんだから良いのよ。これくらい。それに主治医からの指示なんだから。」と(おど)けた感じで返される。
そんな風に2人で話していると…誠さんが、おそらく【柚ちゃんが詰めて彼に預けてくれたであろう荷物】を持って戻ってきた。

「姫野さん。はい、"お泊りセット"と鍵…預かってきたよ。」

「ありがとうございます、誠さん。」

「その様子だと、叶や先生たちとしっかり話せたみたいだね。」

「良かった。」と穏やかに笑った誠さんを見て、今の今まで心配させてしまったんだと思った。
けれど「ご心配をおかけして申し訳ありません。」と謝るのは何か違う気がして、「ご心配いただきありがとうございます。はい、しっかり話すことができました。」と笑顔で伝えた。

その後は、お2人と明日以降の業務の段取り少し話した。そして話が落ち着いたところで「それじゃ、そろそろ帰るね。また明日。」と帰宅の流れになる。

「…あっ。でも噂になったり嫌味も言われるかもしれないから無理してまでは来なくていいからね?」

叶先輩の言葉に同意するように誠さんも頷くので、「先生や体調と相談して判断します。」と伝えるとお2人はそれ以上何も言うことなく病室を出ていった。

お2人が帰られてすぐ看護師さんに本条先生を呼んでもらい、眠剤を投与してもらった。

まだ夜の9時台だけど今日は疲れたから……もう寝よう。

そんなことを思いながら、私は眠りに就いたのだった。




3月15日――。

ホワイトデーの翌日ということと…金曜日であることも手伝って、周りの空気は何となく浮き足立っている気がする。

私には関係ないけど…。

エントランスを潜り、受付を通り過ぎる時点で聞こえてきた「昨日、常務と食事してたらしいわよ。」とか「常務、今日…顔に湿布貼ってなかった?」なんてヒソヒソ話をしている声は…いつも通りスルーだ。

私のことを心配してくれる“受付嬢さん”も、もちろん居るけれど。

午後出勤でも良いと言われていたものの、うちの重役たちは激務なのが当たり前。
それが分かっているのに休んでいるなんてできず、2時間遅刻して午前10時30分には出勤した。

そして、出勤して早々に専務がいらっしゃる〔第一役員室〕に行き、「〔開発営業部〕への異動ならお受けします。」と申し出た。

「その様子だと、花森さんからしっかり聞いてくれたようだね。…鳴海部長や本条課長が姫野さんを必要としている理由は。」

「はい。私を必要として下さる方の(もと)で働けること…光栄に思います。」

安堵と期待を込めて微笑む専務に、私はしっかりと答えるように笑顔で力強くそう言った。

「姫野さんには、この異動…試練になってしまうかもしれない。男性が苦手なあなたを男性比率の高い部署に動かすことは酷ではないかと本当に検討を重ねた。その上で、僕と花森さんと泉さんから、あなたにお願いがあるんです。」

「私にお願い…ですか?……何でしょう?」

真剣な眼差し…相当な役割を言い渡されるのだろうか――。

「少しずつでいい…少しずつでもいいから、人間関係の再構築をしていってほしいと思ってね。その点においては〔開発営業部〕の〔営業課〕は最適な場所だと僕は思ってる。営業課長たちは適正や人間性を見て業務連携が取りやすいように試行錯誤してくれてると聞く。しかも、3人とも落ち着きがあって優しい人たちだから…飲み会とか、社内行事でもちゃんと対応してくれるはずだよ。…無理はさせないと思う、本条課長は特にね。」

本条課長だけじゃなく、朝日奈課長や堤課長も優しいのね…。

それに――。
社内の人事だろうと社外での商談だろうと…専務は【負け戦】をしないことで有名だ。

こんな“持病のある人間”を雇い続けて…″会社に本当にメリットはあるのかな?″って思うけど、専務が期待してくれるなら応えたい。

「それに彼が統括してる〔第1課〕は、〔第2課〕や〔第3課〕にも増して“裏表のないジェントルマン”が揃ってる。大丈夫、本条課長の(もと)で安心して…リハビリのつもりで最初はやっていくと良い。異動しても活躍を期待してますよ。姫野さん。」

「専務、お気遣い…痛み入ります。…はい。ご期待に応えられるよう、精一杯頑張ります。」

私は、そう返答しつつ専務と花森先輩と泉先輩に一礼した後〔第一役員室〕を出て、次なる目的地〔第二役員室〕へ急いだ。
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