男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方

28th Data 憂鬱な飲み会 ◇雅 side◇

――バタン。

以前、薬の塗布を行うのに使わせてくれたこの部屋は〔更衣室〕兼〔休憩室〕として使っているという。
ロッカーはもちろんテーブルや椅子、そして簡易ベッドも置かれている。

「さて。姫野さん、どうしました?言葉にこそ出していませんでしたが…私に言いたいことがあったのでしょう?"あの場"で言わなかったところをみると――。"明日の件"かな?…どちらかに、か…2人ともにこの件知られたくなかったとか。」

さすがの“中瀬先生”といったところだ。

「そうですね。中瀬さん、"これ"を――。」

そう言いながら先ほど車の中で用意した名刺を渡し、その裏に書かれたメッセージを確認した彼は…小さく笑ってこう続ける。

「クスッ、観月くんの方だったか。でもまぁ、そうだろうね…。彼、姫野さんに気があるようだし。ただでさえ、会社の飲み会で気を張って疲れるのに2軒目までついて来たら…気が休まらないよね、きっと。でも観月くんは、あなたや本条さんほど【世の中の裏側】をまだ知らない。世の中はある程度"擦れて"いないと渡っていけないけど、彼はまだ純粋すぎて姫野さんの隣に居るには頼りないんだよなぁ…。」

そうなのよねー。

「こんなこと、本人には酷だから絶対に言えないんですが…実際問題そうなんですよね。一緒に居て楽しいですし、良い人ではありますけど…"頼れないな"とは思います。」

「そして、あなた自身も…。処世術は身につけてるけど、心根が優しいからさ…言えないでしょう?連れ出して正解だったね。…うん、なるほど。工藤さんとご来店で…21時目安ね。お待ちしております。工藤さんが一緒なら、僕としても安心です。女性1人で、夜道を歩かせたくはないからね。」

「ふふっ、ありがとうございます。いろいろご心配いただいて。…はい、そのあたりも昨日のうちに本条課長や工藤さんとは打ち合わせ済みです。」

「抜かりないね、さすが本条さん。」

「まぁ、そこは本条課長なので。」

そして、ここからは「本当に契約書どこに置いたんだろう?」と言ってそれを探し始める中瀬さんと一緒に、私も探す。

結局〔更衣室〕では見つからず、フロアに戻ってカウンターの隅に置かれている【現役稼働中のPC】の周辺を探すと契約書は見つかり、工藤さんと観月くんに見てもらった。

「あっ!“中瀬様”、“姫野さん”。見つかったんですね。見てもいいですか?」

「えぇ、どうぞ。“観月さん”。」

「えっーと。あー。今はこのプランが最安ってわけじゃなさそうですね。ちなみに、うちの会社だと……ん?工藤さん、これってどう思います?」

…うん?どうしたんだろう?何かあったのかしら。

「観月、自己完結するな。随所でクライアントにもちゃんと説明して。…あー。なるほど、環境安定してないな。」

環境が安定してないって言うんだから、ネット環境よね?

「でも、なんで…。」

「プロバイダーは…あー。〔Startia(スターティア)〕か。… “中瀬様”、ここでインターネット回線が遅いと感じたことはございませんか?」

「そういえば…。私自身はそこまで不便に感じたことはないですが、少々遅いなと感じたことはありますし…お客様からもご指摘があったことがあります。ちなみに、沢城はイライラしてましたね。」

「あっ、やはりそうなのですね。〔Startia〕は、創業4年目の比較的新しい会社ですからね。会社を軌道に乗せるのに奔走している時期だと思われます。」

あっ、そういうことなんですね。工藤さん。

「あー。そういうことですか、工藤さん。でも、SE…そんな半端な人材しか居ないんですかね。」

「いや、そんなことはないたろう。起業を考える時点で、“機械(メカ)を触る技術のある人間”は確保するだろうし。だが。PCの分解や組立ができるのと、周囲の環境要因を考慮しネットワークの最適解を考え、探すのはまた別の話だ。細部の調整は経験がないと難しいからな。」

「確かに。」

「駆け出しの会社だ。設備投資と人材育成に資金を投じたい時期だろうが、そう簡単じゃない。どちらのことにしても手探りなんだろう、そういう話もよく耳には入ってくる。」

確かにそうね。母や父の働く姿を見てると、本当にそこで苦労していたから。

「あとは…窓の"アレ"ですね。」
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