男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「それに。僕の《下》に居るのは…あの、“本条”です。僕が1,2時間ぐらい居なくてもそれほど問題はありません。彼が僕に代わって指揮を()り、難なく業務を回していることでしょう。」

すごい。これほど信頼しているだなんて…。

「それじゃ。鳴海部長、姫野さんをお願いしますね。」

「承知しました、花森専務秘書。」

こうして、花森先輩は業務へと戻り…私たちも地下駐車場へ向かった。

美島さんたちと対峙した後、若干腰が抜けてしまっている私は柚ちゃんに支えられ、何とか地下駐車場に止めてある鳴海部長の愛車であろう、〔メタリックベージュのアウディ〕の前まで辿り着いた。

やだ、"S(エス・)6(シックス)"じゃない…!さすが紳士な“貴公子”、センス抜群ね。

また後日、何かのタイミングで話振ってみよう。
モデルは違うけど、私も〔アウディ〕だから。

「どうぞ。」

鳴海部長が、迷うことなく助手席のドアを開けてくれる。

…えっ? どうして……。

「詳細は聞いていませんが、【後部座席に乗れない】のだと…花森さんや鈴原さんから伺いました。」

柚ちゃんを見れば、ニッコリ笑顔だ。

「ごめんね、柚ちゃん…。」

「姫ちゃんが"怖くない"って思うのが、今は一番だよ。」

そう言いながら、柚ちゃんは後部座席へ乗り込む。

私に気を遣わせないために、先に乗ってくれたのね…。ありがとう、柚ちゃん。

「失礼します。」と乗り込むと鳴海部長は改めて「どうぞ。」と言ってくれ、続けて「楽にしてて下さい、シート倒しますか?」とまで聞いてくれる。

普段なら、多少つらくても座ったままで頑張るんだけど…。
今は少しでも油断すると呼吸が浅くなりそうだし、まだ腰の違和感も治っていないので…お言葉に甘えさせてもらった。

私の準備が整ったのを確認して、鳴海部長はゆっくりと車を発進させた。

「聞かないんですね…。私が通院してる理由とか、後部座席に乗れない理由とか…。」

車が走り出して…まもなく、私はそんな呟きをポツリと声に出してみた。

「【言えない理由】があるのだと解釈しています。姫野さんのペースで、タイミングで良いんです。もっと言えば、あなたが…"話したい"、"話して良い"と思う相手にだけで良いんです。込み入った話なら、なおさら…。いつか、僕も"そこ"に入ることができたら聞かせて下さい。」

なんて居心地の良い空間なんだろう。

核心を突くような話をしているのに、全然嫌な気はしなくて…。
口数少なく…だけど、話を適当に聞いている感じではなく、ちゃんと聞いてくれていて…。

こんな方が上司になるなら、信じてみてもいいかもしれない…。

そんなことを密かに思いながら、病院までの残りの道のりを静かに過ごした。

「さぁ、着きましたよ。とりあえず中へ行きましょう。…あぁ、それから。診察等終わったら少しお時間を下さいね。お話したいことが2,3点あります。」

自分で降りようと思っていたのに、またもや鳴海部長にドアを開けられてしまい、恐縮してしまう。

「は、はい。分かりました。」

私はちょっとタジタジになりながら、2人と一緒に病院のエントランスを潜った。

「あ、姫野さん。今到着したところですか?…様子見に来てよかった。新一くんと鈴原さんも付き添いありがとう。…いいよ。連絡受けてるから対応代わります。」

受付で用件を伝えようとしたら、本条先生がちょうど来てくれた。

…あ、先生だ。病院着いたんだ…。

もちろん、到着したというのを理解してないわけじゃない。

ただ、緊張の糸が切れた気がした…。
無意識のうちに気を張り続けていたことに気づき、力が抜けて再び床にペタンと座り込んでしまう。

「花森さんから連絡を頂いてますよ。…って、おっと!姫野さん!?立てますか?……車椅子持ってきて。」

本条先生は、自身が私の体に触れても【拒否反応】が起きないことを知っている。
だから素早く抱きとめてくれたし、そのあと受付の事務員さんが持ってきてくれた車椅子にも座らせてくれた。

そして、病室に向かいながら体調について聞いてくれた。

そこで私が「吸入したい。」や「あと背中を診てほしい。」と伝えると…理由を聞かれたため、故意に更衣室のロッカーにぶつけられたことを説明した。
すると彼は「整形外科の先生も呼びます。」と言い、他にも痛い所は無いかなどを確認されるのだった。

「あの"ガンッ!"って音は、それか…。結構すごい音だったけど、大丈夫ですか?」

鳴海部長のその言葉を聞き、本条先生は一瞬ものすごく険しい顔をした。その後に整形の先生の指示を仰いだと思ったら…病室へ向かうのをやめ、〔X線検査室〕へ向かった。

レントゲンは「異常無し。」という結果に落ち着き、病室で整形の先生を待っている間に吸入を済ませた。それから間もなく整形の先生が来られて、背中を診察してもらい打撲の処置として湿布が貼られた。

案の定、青(あざ)になっているらしい。

処置中…拒否反応の蕁麻疹(じんましん)は出なかったけど、私は本条先生と柚ちゃんの手をギュッと握っていた。
湿布を貼る時に手が体に触れるのなんて一瞬なのに、何やってるんだろう私。
だけど整形の先生は嫌な顔一つせずに、処置をしてくれて私に笑顔で挨拶した後、次の処置に向かっていった。

「はい。一通りの処置…お疲れ様でした。…どうしますか?白石先生呼びますか?」

「いえ、今は大丈夫です。」

「なら、よかったです。では、何かあればまた遠慮なく呼んで下さい。……あぁ。それと、この土日は強制入院です。昨日の今日なので。…いいね?」

「はい、お世話になります。」

今回の入院は、さすがにこうなる予感をしていた。

そして、本条先生が鳴海部長に「ここはスマホ使って大丈夫だから、必要ならどうぞ。」と言う。

どうやら。本条課長がコンピュータシステムのメンテナンスでここを定期的に訪れるようになってから、"昴の会社は忙しそうだし…外部とよく連絡を取るんだなー。"と思ったのだそう。

それを気にして伝えてくれたようだ。

そして本条先生は、颯爽と次の仕事へ向かっていった。

「そういえば…。鳴海部長、私に何か話があったのではなかったですか?…セルフになりますけど、丸椅子を出してお掛け下さいね。」

駐車場で「お話したいことがあります。」と言われていたのを思い出して、話を振った。それから、掛けてもらうようにも促した。

「…あっ、そうでしたね。…さぁ、鈴原さんも座って。それはそうと、一息つかなくて大丈夫ですか?…それからでも良いですよ。処置もたくさんありましたから。」

「お気遣いありがとうございます。大丈夫です、ベッドで休めてる時点で結構リラックスできてますから。」

「それは良かった。…ではお言葉に甘えて、少しお話させて下さい。まずは気負わずにできる話から…。うちの〔開発営業部〕への異動を検討ならびにご決断いただきありがとうございます。週明けの月曜日の[上層部会議]で正式に決定という形になります。ですからまだ確定とは断言できませんが、常務は僕と本条で絶対に説得しますからご安心を。…あなたには〔営業第1課〕に所属してもらうことになりますが、課長の本条が大変喜んでおります。」

鳴海部長から切り出された話は、私の異動に関することだった。

「そんな…。もったいないお言葉を。」

「謙虚ですね、相変わらず…。姫野さんを手放したくなかったのは、常務もですが…専務以上の重役たちでしたよ。秘書の仕事は通訳だけではない。重役の行動などを先読みしたり気配りや心配りをしたり…人間性がものをいう部分もある。その技量が備わっているあなたを…手放したくはないでしょう。今日明日で身につくものではありませんから。……まったく。本当に、“あの人”は…。一度1人で業務をやらせればみれば良い。」

「鳴海部長…。」

「2年前から海外市場にも進出しようと会社は打ち出しているのに、市場に顔を出さなければならない〔営業〕で…外国語を話せる人間が片手で足りるほどしか居ません。通訳はもちろん…人材育成にもあなたの力をぜひ発揮していただきたかった。そんな理由でお呼びしました。」

「本当に、そんな風に言っていただけるなんて光栄です。ぜひ〔開発営業部〕でよろしくお願いします!」
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