男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「あ~ぁ。“淑女(レディ)”と付き合いたい…。『お前の男嫌い、俺が治してやるよ』って口説いたら(なび)かねぇかな…。」

「姫ちゃんに、その手の口説き文句は通じないよ?むしろ嫌悪感抱かれちゃって次の日から口利いてくれなくなるかも…。残念だけど、姫ちゃんの"男嫌い"は相当だから観月くんじゃ太刀打ちできないと思うなー。」

観月の口説き方をバッサリと切り捨てるのは、鈴原(すずはら) 柚奈(ゆずな)…26歳。
社内の人間の9割は、彼女のことを“柚ちゃん”または“鈴原さん”と呼ぶ。
ただ、一部の後輩からは【姉さん的存在】ということで“柚奈姉さん”と呼んでいる奴も居る。

そんな彼女は鳴海部長の秘書だ。「鈴原」なんて呼んでいるが、紛れもなく彼女も俺の上司だ。だから本来ならば敬語を使うべき相手である。
だが、それをせずにタメ口で話しているのは彼女が〔開発営業部〕に配属されて数週間が経ったタイミングで、俺にこう言ってきたからだ。

「本条課長は私より年上ですし、“社会人の先輩”なんですから私に敬語なんて使わないで下さい」と――。

まぁ、公の場で【上司にタメ口を利く】なんてことは絶対にしないが。


そんな彼女の容姿は、幼顔で身長は150cm前半と小柄で華奢(きゃしゃ)な体系だ。
ミルクチョコレート色のフレンチボブは、彼女にとても似合っている。性格は真面目で一生懸命なのだが、少々そそっかしい面がある。いわゆる【ドジっ子】と言われるタイプだろう。
まぁ。ドジを踏むと言っても、【物に(つまづ)いて転ぶ】とか【上司に出す飲み物を間違える】とかその程度だが。

そそっかしいのは本人が一番自覚しているらしく、重要業務なればなるほど付箋にメモをして貼っておいたり、聞いたらすぐに手帳に書き留めたりとミスしないように心がけている。
そんな精一杯の努力が伝わってくるからか、俺や部長はもちろん他の部署の人間でも「放っておけない。」と彼女を手助けする者は多い。

そして、この《部長秘書》という立場は…彼女いわく【厄介な立場】だという。
うちの会社では取締役のような《役員クラス》だけでなく、各部署の部長にも秘書が付くという方針がある。
そのため、「上司である部長の所属部署に秘書の籍が無いのは不自然だ。」という上層部の見解から「部長秘書は二つの部署に所属すること。」と決まっている。

つまり鈴原の籍は本来の所属部署である〔経営部 秘書課〕と、鳴海部長が在籍する我が〔開発営業部〕の2ヶ所にあるというわけだ。

社内の人間には言わずと知れた話だが、他社の人間に名乗る際は使い分けなければならない。そのため、厄介で面倒なのだという。

ちなみに《役員クラス》の秘書たちは、こんな厄介なことはなく〔経営部 秘書課〕の所属である。また、専務から上の重役には第二秘書まで付くという決まりもある。

そして、さっきから鈴原と(たわむ)れているのは観月(みづき) 秋一(しゅういち)…23歳。
容姿端麗かつ身長も170cm台前半はあるであろう、この男のことは…誰が見ても「イケメン」と言うだろう。
我が〔営業第1課〕に、彼が配属されて間もなく3年。去年までの新人っぽさが抜け、【営業スマイル】と【スーツ姿】が徐々に板に付いてきた。
黒髪ツーブロックのタイトマッシュは彼によく似合っている。それに加えて黒髪というのは真面目で爽やかな印象を与えるため、観月は営業先のお客様にも相当気に入られている。

そんな観月に、社内の女連中が付けた呼び名は“営業1課 の騎士(ナイト)”。

しかし一方で、“ちょっと残念なイケメン”と呼んでいる連中も居る。
「調子に乗ると歯止めが利かなくなる。」とか「もう少しクールなら良いのに…。」というのが“残念なイケメン派”の意見だ。

要するに、【黙っていればカッコイイ】というタイプだ。

本人が"背伸び"という名の努力をしているから見た目はそれなりに大人に見えるが、調子に乗ってしまうあたりはまだ"子供"なのだろう。
とはいえ、彼は【機械を使うことに抵抗がある年代】とされている中年層のお客様をも「観月くんに聞くと分かりやすいわ。」とか「性格が可愛い。」と言われつつ気に入られ、営業をモノにしてくる。

俺が"営業第1課の次期エース"として期待している候補の1人だ。

「えぇ!『嫌悪感抱かれて次の日から口利いてくれなくなるかも。』って…。それ、相当な"男嫌い"ですよ!?マジか…。20代って、恋愛で一番楽しい時なのに。」

「ちょっと観月くん!姫ちゃんの"男嫌い"には、いろいろ事情があるの!事情も知らないのに、軽々しくそんなこと言わないでよ!」

…鈴原、落ち着け。

「まぁまぁ、“シュウ”落ち着けって…。…っていうか。お前、ホントに“淑女(レディ)”狙ってんの!?…いや~。彼女は無理でしょ~。相当ガード堅そうだしさ。」

鈴原と観月の会話を止めに入ったのに、それに巻き込まれたのは桜葉(さくらば) (いつき)…23歳。顔立ちは、鈴原と観月を足して半分に割った感じだ。
ダークブラウンのマッシュシルエットに緩いパーマを掛け、まとまりを持たせたヘアスタイル。パッチリとした黒い瞳がそんな顔を作り出している。身長は観月とほぼ変わらないが、桜葉の方が若干低い。
観月とは同期だからか、仲が良く…常に一緒に居るイメージがある。
一緒になって騒いでしまうあたりは観月と性格が似ているが、"いざ!"という時に行動が速いのは桜葉だったりする。

また世渡り上手で…人当たりも良いことから、初対面の人間とも打ち解けるのが早い。それも影響してか…観月と営業成績のトップ争いを繰り広げたり、言い争いが起こると俺と共に止めに入ってくれる人間である。

俺が、観月と同じく"次期エース候補"に彼の名前を挙げているのは…言うまでもない。

そんな桜葉は、“営業第1課の切れ者(ダークホース)”と呼ばれており、“騎士(ナイト)”に負けず劣らずモテている。

しかしこの2人以上にモテる“貴公子”と“司令塔(コマンダー)”が…うちには居る――。

「あのー。鳴海部長、本条課長。今さらですけど、【こんな話】…僕が聞いて大丈夫だったんですかね?研修の身ですけど…。」

津田が、俺と部長に申し訳なさそうに切り出してきた。

「大丈夫じゃ…ないな。」

「ごめんね。うちに来たくなくちゃった?」

部長も、そう言いながら苦笑いしていた。

「いえ、全然。こんな大手の内定いただけただけで奇跡です。4月からも絶対お世話になります!……ただ。何というか、社会人の【闇】はちょっと見えちゃった気がしますよね…。」

津田(つだ) (まもる)
彼は来年度に入社が決まっていて、この3月1日より研修で預かっている新人だ。

身長は160cm台前半だろうな。一般的な男の体系より小柄で華奢(きゃしゃ)だ。鈴原をもう少し幼くした顔立ちには、まだ学生っぽさが漂っている。モカブラウン色で緩い天然パーマなミディアムヘアが、そんな印象を与えているのかもしれない。
やはり新卒はいろいろと構いたくなるのか、みんなに可愛いがられている姿をよく目にする。そんな彼は“癒し系王子”と言われていて、研修員にもかかわらず人気急上昇中だ。
時に明るく(はしゃ)ぎ…時に場の空気を和ませてくれる津田は、来年度から“部署全体の空気を明るくしてくれるムードメーカー”になりそうだ。

「おい、いい加減に…。」

俺が止めに入ろうと口を開いたら、鳴海部長も穏やかな口調で会話に入ってきた。

「まぁまぁ、3人とも落ち着いて。姫野さんの件に関しては僕と本条課長に預けてくれる?何とかするから。…あ、そうだ本条くん。今日の[上層部会議]には君も来るようにね。…人事の発表もあるから。」
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