男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「白石先生…ありがとうございます。……あと、本条課長が…。」

「…うん?」

「…すっごく共感してくれて、すっごく褒めてくれました。『人の多いところが苦手なのに、現在進行形で頑張ってるな。』とか、『よっぽど嬉しかったんだな、鈴原さんと立花さんに誘われたのが…。』とか『〔営業〕のフロアに戻らずにここに居られてるんだから頑張れてるってことだと思うぞ。』って…。"私がどうしたいか"、"どうして頑張りたいか"を…最初から否定せずに課長はちゃんと聞いてくれました。それに、"実は今一番頑張ってるんだ"ってことを課長は感じ取ってくれていて…嬉しかったです。」

私がそう話すと、白石先生の顔は“ドクターの顔”ではなく、“本条課長の姉としての顔”を見せた。

「あら、やだ。“あの子”ったら、そんな褒め方したのね。全肯定だから嬉しかったでしょう。……私より精神科医、向いてんじゃないかしら。」

「…あっ。鳴海部長と同じこと言ってます、先生。…ふふっ。」

ランチの時の部長を思い出し、思わず笑った。

「あら。新一くんと同じ意見とは…なんか笑えるわね。……まぁ、花純(かすみ)(なだ)めすぎて【まず否定せずに話を聞く】ってことに慣れてきたかしらねー。」

先生は考える仕草をしつつ、独り言のようにそう呟いた。

「…えっ?花純ちゃんですか?」

「私がいけない部分が多いんだけどね。つい、怒っちゃうのよ。そうすると、うちの()すぐ()ねちゃうんだけど…昴は基本的に花純本人の話を聞いてる時はあの子の味方で居てくれるみたいなの。叱らないみたいだから、花純は昴が大好きでね。会社の人が見たら引くぐらいキャラ違うんじゃないかしら。姪にはデレっデレ。」

花純ちゃんにデレっデレの本条課長、ちょっと見たいかも…。

「だからね。私に叱られた後は主人のスマホから昴に必ず電話掛けてるわ。子供は“自分の味方で居てくれる人”、よーく知ってるから。」

「ふふっ、花純ちゃんには…デレっデレなんですね!そんな本条課長…見てみたいかも。」

「それは、やめといた方が良いかもしれないわよー?…というか。雅ちゃんにバラしたなんて昴の耳に入ったら…私の身が危険だわ。」

口ではそんな風に言ってるけど、どこか楽しげな白石先生の表情。
きっと姉弟(きょうだい)の中で、白石先生が一番【権限】を持っているのだろう。でも、それでいて面倒見も良く優しいのだろう。

ふと、そんな風に思った。

「まぁ、何はともあれ…。“あの子”が雅ちゃんのつらい気持ちとか、"せっかく誘われたから一緒にごはん食べたい"って気持ちを…しっかりキャッチして“雅ちゃんの味方”で居るみたいだから良かったわ。やっぱり“味方で居てくれる人”とか“良い評価をしてくれる人”が(そば)に居ると、全っ然違うわね。…今の姫野さん、これまで以上にすっごく頑張ってるもの。……さて。じゃあ今日はできたことも多そうですし、【不安階層表】でクリアしたこと整理していきましょうか。」

「はい。」


――――
【姫野 雅 様 不安階層表】

※上から順に恐怖感および不安感が強いものを記入し、実践を通し克服していくものとする。

1.恋人または夫と夜を共に過ごし、【愛し合う】。…未実施

2.恋人とキスをする。…未実施

3.恋人を作る。…未実施

4.男性と2人きりで出かけてみる。…未実施

5.男性と1メートル未満の距離で
    2人きりになり5秒以上一緒に居る。…クリア

6. 男性に手以外のどこか(肩や腕)を、5秒以上触れられる。…クリア

7. 車の後部座席に乗る。…未実施

8.雷を克服する。…未実施

9. 真っ暗な部屋に、5秒以上とどまる。…未実施

10. 人の多い所または騒がしい所に、1分以上とどまる。…クリア

11.男性店員のレジでお会計を済ませる。…クリア

12. 男性と5秒以上握手する。…クリア
――――

「でもここ2週間で、こんなに状況が好転するとは思っていませんでした。」

白石先生がニッコリ笑ってそう言うから、私も微笑んで同意した。

「私もです、先生。…本条課長の存在と手腕が大きいですね。チーム配置とか、いろいろ。」

「“良い上司さん”に出会えましたね。……このまま1つ1つ【やれること】を"やれるタイミング"でやっていきましょう!」

「はい。」

【1】から【3】の項目も…いつか克服できる日が来るのかな…。

そんなことが頭をよぎれば、ちょっと不安に陥りそうになる。

「姫野さん。【1】から【3】の項目も絶対克服できますよ。"本当は恋愛したい"と思ってるあなたなら、【素敵な巡り合わせ】は絶対にある。あとは姫野さんの"女の勘"で相性を感じ取るのが良いと思うわ。あなたには人との相性を見抜く力がちゃんとある。他人の助言なんかより、自分の勘を信じた方が良い時もある。」

白石先生には、やっぱりお見通しみたい。

少し不安感に引きずられそうになった時、先生が気持ちを(すく)い上げてくれた。
そういえば。確か…本条課長も同じようなことを言ってた気がする。やっぱりご姉弟(きょうだい)ね…。

「“一緒に居て心安らぐ人”や“本音で喧嘩ができるような信頼関係を築ける人”に出会った時…一度自分の心に聞いてみると良いわ。その人が毎日一緒に居たとしても怖くないかどうかをしっかり見定めてみて。」

先生にそう言われて何か言葉を返そうと思ったけど、言葉が出てこなくて曖昧に笑う。

「…あっ。姫野さん、ごめんなさい。刺激してしまったようですね。決して、『今すぐに恋愛して下さい。』という意味で言ったわけではないので、焦らなくて大丈夫ですよ。先ほど私が言ったのは、『もしそういう人に出会うきっかけがあったら、自分の勘や経験から判断して下さい。』という【今後の想定】のお話ですから。」

私は無意識に胸に手を当てていた。
これは焦ってる時に自分を落ち着かせようとしてるサイン。

先生はやっぱり…こういうサインを見逃さない。

「落ち着いたかしら?…さて、それじゃあ。他に、私に相談しておきたいこととかありますか?」

「あの、先生。実は――。」

ここで私は先生に「課長や柚ちゃん以外の人で、頻繁に関わるごく一部の人に〈PTSD〉のことを打ち明けようと思ってるけれど、本当にそうしてしまって良いかどうか分からないから相談したい。」と切り出した。

そして同時に、“打ち明けても良いと思える人”の名前も伝えた。

先生は私の申し出に、一瞬驚いていたものの…「営業先で発作が起きないって言い切れないし、“上司さんたち”は会議も多いって聞くから…今“名前を挙げてくれた人たち”ぐらいには言っておいても良いと思います。」と返してくれた。

「でも、打ち明けた人には【絶対に約束してほしいこと】とか【絶対に知っててほしいこと】がいくつかあるから正確に伝えたいわね…。ちなみに幹事は誰かしら?」

「本条課長が取りまとめて下さるとのことでした。」

「昴ね。分かりました。…姫野さん、私が“あの子”と話しても良いかしら?…それから、今週末だとちょっと急だから来週末に実施の方向で話進めて良い?」

「はい、お願いします。」

こうして、飲み会の日程や場所…進め方については白石先生も話に入っていただくことになった。

話がまとまって病院を後にし帰宅すると、午後7時半を回っていた――。
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