男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
姫野さんの手にあるそのカップが、“Masaki”さんがスランプを抜け出すために作って…中瀬さんに贈ったものだろうか。

「ひとまずは『NO』と答えておきましょうか。詳細はまた後ほど。場合によっては姫野さんにだけ、こっそり教えます。……さて。そのレモンティーを飲み終えたら、セッションを再開しましょうか。…とは言っても。焦らなくて良いですよ。ゆっくり飲んで下さい。」

「はい、お気遣いありがとうございます。……そうですね。お待たせしておりますが、引き続きよろしくお願いします。」

その一言を発した後、姫野さんは自身の心を整えるようにレモンティーを…ゆっくりと飲んでいた。


**


「それでは始めていきましょうか。よろしくお願いします。」

中瀬さんは姫野さんにそう声を掛けつつ、他のメンツもちゃんと着席したかどうかも…さっと確認する。

「はい、よろしくお願いします。…それで、あの。私自身が先ほどのティーカップがどこから来たのか、ものすごく気になってるので…その話からでもいいですか?」

「そうしましょうか…。…ですが。皆さんに知られても姫野さん自身は大丈夫ですか?」

「"この話題"については、遅かれ早かれバレるものだと思っているので、知られること自体は問題ありません。……私が気にしているのは、これから話す内容を聞いた後の皆さんの【反応】と【対応】です。」

「あぁ、なるほど…。確かに、素性がバレると面倒なことが多いですからね。」

「そう…。そうなんです!」

そうだよな、強調して言いたくもなるよな。
分かるよ、姫野さん。

「…それで、話を戻しますけど……。"何でティーカップの話?"って思ってますよね?」

「はい。」

俺と鈴原、姉さんと“中瀬ドクター”以外のメンバーが口を揃えてそう答えた。

「でも、それが実は…姫野さんに【ものすごく関係があること】なんです。まぁ、そのあたりはご本人からお話していただくのがベストでしょう。」

中瀬ドクターが視線を投げると、姫野さんはそれ目で受け取り、そこからの続きを話していた。

「今から話す内容を聞いた後でも、"私に対しての接し方"は絶対に今まで通りでお願いします。あと、“都合の良い時だけ擦り寄ってくる人たち”に(てのひら)を返されたり、妬まれたりするのも嫌なので…どうか。他の人には伏せておいて下さい。」

まだ、姫野さんの素性を知らない…観月、桜葉、津田、立花さんの4人が「分かりました。」と頷いたのをしっかりと見届けてから…彼女は自身の家庭環境のことを話し始めた。

「まずは、皆さん。このロゴに見覚えはありますか?」

そう言って彼女がスマホで検索し、観月たちに見せたのは…… 〔Office Queen Field(オフィス クイーン フィールド)〕のロゴだ。

「〔OQF(オー・キュー・エフ)〕のロゴね。…私、ここの服もインテリアもそれなりの頻度で買うわよ。…ファンだから。“YURIKA”さんも“Masaki”さんも、オシャレよね。美的センス抜群。」

「立花さん、分かります!“YURIKA”さん、"男性もの"のセンスも抜群だから、男でも気兼ねなく買えるっていうか…。…俺も〔OQFブランド〕の服、自分へのご褒美に時々買いますよ。」

俺も服はよく購入させてもらってるが、さすが【世界の〔OQF〕。】

「ありがとう……立花さん、桜葉くん。それから観月くんも…。ネクタイ…〔OQFブランド〕の物、時々してくれてるでしょ?」

「“雅姉さん”…。気づいてたんですか?!でも、なんで…。ネクタイの表にはロゴ入ってないはず…。」

「うん、そうね。絶対に表には入れてないわ。母も父も、会社を宣伝するために服やインテリア雑貨をデザインしているわけではないから。」

そんな風にサラッと彼女の口から放たれた言葉に、4人は目を見開いて固まった。

…ははっ!4人とも驚いて…見事に固まってるな。

そして。3秒ほど経過した頃に、一足早く我に返ったのは立花さんで…彼女は他の3人も聞きたいであろう言葉を口にした。

「えっと…。ごめんなさい、姫野さん。もう一度確認させて?私の解釈が間違ってなければ…あなたのお父様とお母様が〔OQFブランド〕の商品をデザインされたという風に、受け取れたんだけど…違うかしら?」

「いいえ。それで間違いありません。合ってます、立花さん。……私の母は〔OQF〕のファッション部門トップデザイナー兼社長の“YURIKA”こと…姫野 百合花(ゆりか)で、父は同会社のインテリア部門トップデザイナー兼副社長の“Masaki”こと…姫野 雅輝(まさき)です。」

「えぇぇぇっ!?“雅姉さん(姫野さん)”が、〔OQF〕の社長令嬢!?」

4人の声に驚いた姫野さんは、とっさに姉さんの手を握って体を強張らせる。

「コラ。4人とも、姫野さんは【大きな音】や【騒がしい場所】が苦手だと、姫野さん本人や中瀬ドクターから説明してしてもらったばかりだろう。…気を回せよ。……姫野さん。大丈夫だから、ゆっくり体の力を抜くんだ。」

俺は、なるべく姫野さんが再び驚くことがないように…静かなトーンで5人に話しかけた。

「あっ、そうでした。すみません、本条課長。姫野さんもごめんなさい。」

「“雅姉さん”、すみません。」

俺が注意すると、4人は【飼い主に叱られた仔犬】のように肩を小さく(すく)める。

「ううん、大丈夫。……本条課長、ありがとうございます。気づいて下さって…。」

「いや…。」

「朝日奈課長や堤課長は、ご存知だったんですか?この件。」

「俺たちも、先日ご本人から説明されたばかりだよ。観月くん。…ちなみに。“鳴海先輩”と昴は、俺たちが聞かされた時には知ってたな。」

「話題になる時は、ニュースで大きく話題になるからな。〔OQF〕が世界経済の7割は回してんだから…。それに見る人が見たら、“YURIKA”さんや“Masaki”さんと彼女が親子関係なのは勘づくよ。姫野さん、“YURIKA”さん似だしな。…あと決定的なのは会社名だ。」

「会社名?…〔Queen Field〕?…あっ、もしかして――。」

どうやら、立花さんも…【10日ぐらい前に俺が(しゅう)たちに説明した】のと同じ要領で答えが分かったらしい。

「どうして今まで気づかなかったんだろう、"Queen"を"姫"って訳せば、気づきそうものなのにね。」

立花さんが姫野さんにそう言ったのを聞き、若手男性陣も「ホントだ!」と納得の声を上げている。

「そっか、だからだったのね。あなたが会社で家の事情を隠して過ごしたい雰囲気を(かも)し出したり、ついさっきも私たちにあれだけ『接し方を変えないで。』って念押ししたのは…。姫野さんは、うちの会社では私たちと同じように【一般社員】として扱われることを望んでる。でも、もし素性がバレちゃったら…そうは言ってられなくなる。」

「はい。」

「ホントに大変だったわね……。姫野さん。」

「立花さん……。ありがとうございます。」

やっぱり、あなたと姫野さんを引き合わせたのは正解だったな。

ありがとう、立花さん…。

何かあったら、協力してやって。
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