Caught by …
 着替えてリビングに入ると、温かくて良い匂いがした。キッチンを見れば、母の後ろ姿があった。帰ってきた時も思ったけれど、随分痩せて小さくなってしまったように見える背中に、私は少しだけ悲しい気持ちになる。

 物心ついた時から私にとって、母親は絶対的な存在だった。

 それが、私よりも弱く頼りないもののように見えて、戸惑いと不安がそんな気持ちにさせるのだ。

「おはよう、セシーリア」

「おはよう」

 私に気づいた母が、盛り付けたサラダをテーブルに運びながら笑顔を向ける。

「今日はガーナーさん達を誘ってディナーを、と思ってるの。だから忙しくなるわ、あなたも手伝ってね」

 ガーナーさん達というのはトムと、彼のご両親のことだ。

「トムさんへのプレゼントは用意できてるの?」

「ええ」

 私の返事は、少しばかり投げやりな響きを持たせていて、勘の鋭い母親の動きが一瞬止まった。席に腰かけた私が恐る恐る目線を上げれば、疑惑に満ちた目と目が合った。

「もしかして、あなたたち“何か”あったの?」

 私の真正面に座った母の、その冷たい表情。私は無意識に息を潜めていた。

 あの時と同じだ、と思った。姉が家を出る時と。


“あなたにはデザイナーなんて向いてないわ”


 最初で最後の大喧嘩。始終、母はその表情、しわ一つ動かさないで反抗する姉を許さなかった。

「何もないわ、心配しないで」

 姉は自分の気持ちに嘘をつく人じゃなかった。だけど私は違う。私は弱い人間だから、悪い方向に進まないように、安全な道を選ぶ。
< 131 / 150 >

この作品をシェア

pagetop