黄昏に香る音色 2
明日香は、トランペットにストレートミュートをはめると、

赤ん坊に近づき、

優しい音色を奏でる。

明日香のパートから、ピアノに変わる。

赤ん坊は、明日香のトランペットに触れる。

嬉しそうに、楽しそうに、トランペットを触り、笑う。

また明日香のパートが来た。

(ごめんね)

赤ん坊から、そっとトランペットを離すと、

再びトランペットを吹く。


(明日香ちゃん…)

明日香の頭の中に声がした。

明日香は驚き、

声がした方を見た。

老婆が座るいる席…

そこにいたのは…。

明日香はトランペットを吹きながら、

心の中で叫んだ。

(ママ!)

そこに座っていたのは、

恵子だった。


恵子は微笑み、頷いた。

明日香の目から、涙が流れた。

恵子がそばにいる…。



演奏が終わると、恵子は静かに席を立ち、

扉へと歩いていく。

「な!」

ステージ上の阿部たちの動きが、止まる。

「母さん…」

啓介は目を見開き、

思わず、洗っていたグラスを落とした。

恵子は微笑みながら、

扉を開けた。


「ママ!」

明日香は、トランペットを持ったまま、

走り出した。
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