黄昏に香る音色 2
「何年ぶりかな…」

会長は少し間を置くと、ゆっくりと振り向いた。

明日香と目が合う。

「まあ…座れ」

明日香は、会長に促されてソファに座る。

「母さんのお葬式にも、顔をだしてくれませんでしたから…もう記憶にはないですね」

会長もソファに座り、

「仕方があるまい…私は忙しいし、出席できる身分でもないしな」

明日香は、久々に見る父親の顔を見据えた。

「そうでしたね。あなたには、関係のないことでしたね」

会長はフッと笑うと、明日香をまじまじと見つめた。

「…で、何の用だ?お前から、俺に会いに来るとは…余程のことがないかぎり、あるまいて」

明日香は、膝に置いた手を握り締め、

「店に来ましたね。ダブルケイに」

「記憶にないな」

「とぼけても無駄です!あたしと…香里奈を訪ねて」

会長は立ち上がり、

「娘と孫を訪ねて、何が悪い」

会長は、窓まで歩いていく。

「あなたこそ…理由もなく、会いに来るはずがないわ」

明日香は、窓から外を眺める父親の後ろ姿を、睨む。

「あなたは、あたしと母さんを捨てたはずです。何を今更」

会長は苦笑する。

「お前たちは捨てたよ。確かにな…」

会長は、ギロリと明日香を見ると、

「だが、孫は必要なのだよ」

< 80 / 539 >

この作品をシェア

pagetop