黄昏に香る音色 2
しばらく、無言の時が続く。

カウンターの奥の厨房にいたマスターが出てきて、音楽を変えた。

何とも言えない艶のある声…。

志乃は、ビールを飲み干すと、そばに立つ直樹に言った。

「ジンバック」

直樹は、棚からビンを取り出すと、チェイサーで分量を計る。

志乃は、その様子を見ながら、

「キミは知ってる?」

「はい?」

質問がわからず、直樹は志乃を見た。

「…あ、あまぎ、志乃さん…」

志乃はクスッと笑う。

「あたしのこと知ってた?。何も反応ないから…知らないと思った」

直樹はジンバックを、志乃の前に置いた。


「飲みに来られたお客様の、邪魔になるようなことは、しません。どんなお客様でも、私たちから話しかけることはしません」

真面目に答える直樹。

「珍しいわね。他のBARではよく、話しかけられるわよ。バーテンに」

「ここのマスターの教えです。BARとは、お客様の憩いの場であり、カウンター…とはお客様と一線を引き、お客様の隔てている」

マスターは奥から顔を出した。

「古い考えです。私はこういう昔ながらの、BARのスタイルを守りたい。話しかけた方が、常連になって頂けるかもしれませんが…こういうBARがまだ、あってもいいんじゃないかと」


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