天空のエトランゼ{Spear Of Thunder}
女は自らの指を傷付けると、すぐに真っ赤に溢れ出す血を、

その腕の中でぐずる赤ん坊の口に近付けた。

指先をくわえ、まるでおしゃぶりのように血を啜る赤ん坊を、

女はただ愛しそうに見つめた。

しばし、指先から流れり血を吸った後、

赤ん坊は、ゲップとともに吸うことをやめた。

女はゆっくりと、指を赤ん坊の口から抜いた。

先程まで泣いていた顔が、すぐに笑顔になった。

女は、赤ん坊の頭を撫でてあげた。

まだ産毛のような頭髪も、いとおしい。


「あなたが…バンパイアでよかった。そして、あたしと同じ属性で…」


女の乳房からは、母乳はでなかった。

そして、ミルクの作り方も…調達の仕方も知らなかった。

なぜなら、

女は人間ではなかったからだ。


女の名は、フレア。

かつて、炎の騎士団の親衛隊に属し、

死ぬ間際は、赤の盗賊団といわれる仲間達とともにいた。

フレアは、赤の王を守る為に、死んだはずだった。

自分の体を種火にして、赤の王の命に火を灯して。



しかし、彼女はここにいた。

あの日…魔王ライと赤の王と戦いの後、

彼女は再び存在していた。

恐らく、赤の王がアルテミアの命を繋ぐ為に、ほとんどの力を与えた時、

彼の中で、炎の一部になっていた自分が、弾き出されたのであろう。

そして、気づいた時には、

そばに泣き叫ぶ…赤ん坊の姿を見つけた。


もう近くには、アルテミアはいなかった。


その子が、アルテミアの子であると確証はなかった。

しかし、

赤ん坊から感じる魔力の底知れなさと、

温かい温もりが、フレアに告げた。

この赤ん坊こそが、

赤の王の後継者であると。

赤の王こと――赤星浩一の後継者であると。



フレアは、赤ん坊を抱き締めた。


「コウヤ様…」



フレアは赤ん坊の育て方など、知らない。

しかし、この子が大きくなるまで、守ることを誓っていた。

行き先はない。

ただ人目につかないところを選んでいた。

いや、行き先に意味はない。

ただ…未来に向かうだけだった。
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