ノラ猫
 
つられて目線を送った先には、病院の中庭のベンチに座る凛の姿。
綾香は凛をじっと見つめていた。


「あの子…だよね。一度病院に来たの……。
 あの時、あの子が去ったあとの智紀、すごい泣きそうな顔してたから……」


一度だけ、綾香と凛が対面した日。

綾香を抱き留める俺を、凛は涙を堪えて病院から走り去った。

記憶を取り戻してない俺は、凛を追いかけることも出来ず、綾香のもとへついていたけど……。


「ずっと、後悔してるんだろうな……って思ってた」


凛を追いかけなかったことを、綾香は俺以上に後悔の念を悟っていた。


「今あそこにいるってことは、ちゃんと追いかけられたんだね」
「……ああ」


情けない俺は、何度も凛の背中を見送った。

だけど大事なものに気づいて、
記憶なんか関係ないと分かって、
思い出すことよりも先に、凛を求めた。


そしてようやく、この腕の中に凛を捕まえることができた。


「ねえ……。
 本当は分かってた、よね……。
 あたしの気持ち……」


静かに紡がれた、綾香の問いかけ。


綾香の気持ち……。
そう……分かってた。


「ああ……」


だから俺は、今この場にいるんだ……。
 
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