じゃあなんでキスしたんですか?


「そんなの、着替えたからに決まってるじゃなーい」
 
いったいどこで。そしてなぜ外出先に着替えがあったのか、というわたしの質問の意図には気づかない。

「ねー、それよりさぁ、森崎さんて」

「ごふぅっ」

「きゃーミヤちゃん!」
 
麦茶を噴出したわたしに、マイがタオルを渡してくれる。

「ちょっとどうしたの急に。ていうか顔真っ赤だよ!」

「な、なんでもない」
 
服にこぼれた液体を拭いながら平静を装う。彼の名前を聞いただけで昨晩のことが思い出され、心臓がばくばく跳ねる。
 
自分でも首まで真っ赤になっているのがわかる。
 
タオルで拭くふりをしながら顔を隠して、「森崎さんがなに?」と妹の話をうながした。

「そうそう、森崎さんにね、お弁当とか作ってみようと思ってるんだけど、どうかなぁ」

「お弁当?」

「うん。昨日助けてくれたお礼に。森崎さんっていつもお昼どうしてる?」
 
会社ではお昼の時間になるといつも節電のために電気が消され、社員たちはそれぞれ食堂に向かったり、外に食べに行ったり、薄暗いなかで愛妻弁当を広げたりする。
 
森崎さんはどうしてたっけな。
 
正面のデスクの様子を思い出す。

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