南柯と胡蝶の夢物語
自傷行為は許されなかった。
仕事に使う針以外、刃物を渡されることは一切無かった。
刺繍針で死のうとした中学生もいたが、不可能だったしそもそもオトナ達に止められてしまう。
普通の生活をしている穂月が持ってくる話はどれも面白くて、施設の子ども皆で聞いた。

木よりも長い首を持つ動物の話。
いつもお日様の方を向いている花の話。
食べ物を温めてくれる不思議な機械の箱の話。
塩水が見渡す限りに広がって、地面の果てが見えるということ。
そこで見る夕焼けは美しいということ。
日本一高い山はここからでも見えてしまうんだということ。
冷たくて甘いアイスという食べ物の話。
自分たちが操る言葉が通じない人間がいるということ。
髪の色は黒か茶に限らないということ。

テレビも本も新聞も、娯楽となるものは一切与えられてこなかった紗良里には本当に新鮮な話ばかりで。
中学生からは学校に通わせて貰えることになっている。
世間的には濁花の子どもにも人権が認められているので、通うのは公立の一般の人間と同じ学校。
濁花の子供だということは一応伏せられるが、体育や家庭科などの怪我の恐れがある教科は全て見学し、GPSが埋め込まれた足輪を着けられるのですぐにそれと分かってしまうのも事実だった。

体育館裏の木に登ろうという穂月との約束も、オトナ達に見つかってなくなった。
結局自由は殆どなかったが、僅かながらに友達もできたし、実るはずもないが恋もした。
なにより、殆ど忘れていた屋根のない景色が美しくて。
それだけで、紗良里は今まで頑張って生きてきた自分を褒めることができた。

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