南柯と胡蝶の夢物語

4.魚心水心


4,魚心水心


「でもねえ、私きっと穂月いないとダメだったと思うの」

来客と聞くと布団を必死に被る紗良里が、この時は顔を出して枕元の椅子に座る人物に話しかけていた。
表情も穏やかに、語りかけるその視線の先にはコバルトブルーの翼を持った淡く光る人影がいる。

「そうかねえ?側に誰かいなくちゃっていうのは分かりますが、それは別に穂月さんじゃなくても良かったんじゃない?」
「ああ、もう。なんだか今日は意地悪ね?」
「そうかな。そうかもしれないですね」
「妖精さん、今日は何しに来たの?」
「健康診断ですよ」

水流を思わせる髪を一つに纏めながら、妖精と呼ばれた人は笑った。

「それと、私は妖精じゃない」
「そうみたいね。天使さんと神様と、ヒーローだったらどれが好み?」
「穂月さんは化け物と呼んでくれましたよ」
「残念。化け物枠は私で満員だわ」

くすくすと笑いながら指摘する紗良里に肩を竦めながら、妖精は彼女の顔に咲く花に手を伸ばす。
それをじっとして好きなようにさせている紗良里が、なおも笑って続けた。

「だから、貴方は妖精さん。命を司る妖精さんよ」
「それって死神のこと?」
「こんな清らかな見た目の死神さんなんて、私、認めないわ」
「困ったファンタジーマニアだよ、本当に」
「そう。ファンタジーっていうのは、つまり世界のことなのよ。この現実が既にファンタジーなんだから」

説明のようでなんの説明にもなっていない紗良里の台詞を聞いて、妖精は大袈裟にため息をついてみせる。

「……前々から思ってたが、よく穂月さんの友達なんてやってるよね、それで。あの人、ファンタジー気取りに興味は無いって私に散々喚いてましたが」
「穂月は現実が現実の人だから。それで丁度良いのよ。ここが現実なら現実に居るのが一番だし、そうでないのならそうでないで割り切ればいいだけの話」

紗良里はまた、白昼夢でも見ているかのようにぼんやりとした口調で言葉を紡いでいく。
そんな少女を見て、妖精は天を仰ぐようにして笑った。

「そういや、こういう時に人間は何て言うのか穂月さんに教えてもらったんだったな」
「あら、穂月が言いそうなこと?ならなんて言うのか想像はつくわ」

二人はお互いを見やりながらにっこりと笑った。

「「日本語で喋れ」」

楽しそうな二つの笑い声が重なって響く。
ただしそれは、紗良里と同じ年頃の少年少女がしあうような笑い声ではなく、もっと淡い色を持ったどこか現実離れしたそれだったのだが。
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