南柯と胡蝶の夢物語

7,生々流転


7,生々流転



それからというもの、二日に一回の頻度で悪魔は穂月の一軒家に訪れた。
なにをするわけでもない。
ソファの感覚を楽しんで、テレビの付け方から録画の仕方を憶えたり窓を開けて小鳥を誘い込んだりとやりたい放題に過ごしていた。
猫が絨毯のように敷き詰められながらだらけている日もあれば、鳶がテーブルに置いておいたお菓子を持って行ってしまうようなこともあった。
今日も悪魔は、頭にタキシードを着ているような黒白模様のセキレイという野鳥を二匹乗せながら、穂月が学校から帰ってくる少し前に窓からふわりと家の中に侵入する。
鍵が閉まっているはずの窓もこの時だけはなぜだか音も無く開いてしまうのだ。
二匹のセキレイを連れてリビングに立った悪魔は、迷いなくソファに向かいながらセキレイを頭から掌に移るように促す。
素直に真っ白な掌に包み込まれたセキレイ達は、じっと悪魔の目を見てから二匹で目を合わせる。
悪魔よりも体温が高い彼らは、とくとくという動脈のリズムと共に温度を悪魔の掌に伝えた。
また二匹で悪魔を見つめる。
彼らがそんな動作をする度に、悪魔の指はセキレイ達の尻尾や温かい胴体にくすぐられた。
と、そのうちの右手に乗った一匹が悪魔に向かって可愛らしい声でチチ、チチンと何度か鳴いた。
悪魔は何も言わない。
ただ、少しだけ眉間に縦じわを作った。
もう片方の手に乗った鳥もチチ、と片一方より少しだけ高めの声で鳴く。
それきり、二匹はじっと悪魔を見つめて黙った。
悪魔はまだ何も言わずに、二匹をただじっと見つめ返す。
少し声が低めの方のセキレイが、もう片方のセキレイに擦り寄りながらチュンとだけ鳴いた。
声が高めのセキレイは何も言わずに薄い瞼を閉じた。
その様子を悪魔は灰色の瞳を銀に冷たく光らせながら見つめている。
外は鳥の鳴き声は他に聞こえず、代わりにツクツクボウシが夏の終わりを唄う。
夕焼けは今日は雲で隠れて出てこなかったというのに、夜の闇は刻々とせまっていた。
それと同調するかのように悪魔は自分の掌を身体に引き寄せながら、息をすう、とだけ吸った。
枝のような足から、或いは柔らかな腹からとくとく、と心臓から流れ出した血液が流れるリズムが感じられる。
そんな三つの影を天井に張り付くヤモリだけが観察するように見つめているのだった。

そして、静かだった空間に、人間の聞こえる音域を越えた悲鳴のような鳴き声が、押し殺されたような響きを伴ってほんの一瞬だけ空気を震わせた。
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