南柯と胡蝶の夢物語

「買い物してたら遅くなっちゃったな。悪魔サン来てる?」

穂月は玄関で靴を脱ぎながら、リビングに向かって声をかけるも返事がない事に首を傾げた。
灯りも点いていないリビングのドアを開けるとソファの前で棒のように立つ悪魔が目に映る。
手になにか持って、それをじっと見つめる姿に少し声をかけるのを躊躇っていると、掠れた声が聞こえてきた。

「……のに」
「え……?」

思わず聞き返してしまった穂月の耳に、今度こそその冷たい声が届いた。

「私が……彼らと話せるなら、明後日には雨が降るって教えてあげられたのに」

力無く開いたその真っ白な掌に、冷たく固まる一匹の小鳥が乗せられていた。
白と黒の、喪服を着たような小さなよく見る野鳥だった。
悪魔は羽をふわあと広げると、ゆっくりと羽ばたきながら開いている窓に向かって浮かぶように、漂うようにしながら飛んでゆき、そのまま外に出た。
穂月が慌てて窓の外を見ると、もうその姿は見えなくなっていた。

穂月はゆっくりと首を傾げながら、いつも通りに部屋に向かう。
運悪く担任の先生に出くわし雑用に使われ、更に帰りに寄ったスーパーマーケットで安売りしていたこともあって、時間をかけすぎてしまった。
今日はもう病院にも行けない。
時計は既に六時半過ぎを指していた。
髪を纏めてエプロンを身につけながら、穂月は一人で何かに納得でもするかのようにそうか、と呟いた。

「悪魔サンいないうちって、こんなに静かだったんだ」

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