たかしと父さん
家に帰ると玄関先に篠宮父と父さんと母さんで出てきていた。

「今夜はすいませんでした。遅くまで。」

篠宮父は最後にもう一度頭を深々と下げると帰って行った。夜11時、嵐の去った新田家の玄関の前に家族4人で突っ立っていると、近所のおばさんが反射材を駆使した謎の装備に身を固めてその前を横切っていく。家族全員で会釈すると、無言で家の中に入った。

「たかし、来なさい。」
「お父さん・・・」
「俺、一人で話す。」

母は自分も会話に加わろうとしたのだろうか、父の一言にすんなり引き下がった。よく見ると泣いた跡がある。いつも、姉が使っている(主にネットをしている)リビングはさっき家を出た時とほとんど変わらない状態だった。父はどっかりと腰を下ろすと誰かの食べ残した羊羹を気にもせずに口へ放り込んだ。

「大きくなったな。」

嫌な空気だ。

「俺より大きくなった。」

すごく嫌な空気だと思う。しばらく父は僕が子供の頃の話をしていた。嫌な空気だ。

「俺はお前は立派なやつだと思う。今日、篠宮さんのお父様から話を聞いて、そう思った。きっとこれからもそうだろう。嬉しかったよ。」
「・・・ありがとう。」

いろいろ頭の中でぐるぐるしている。

「まず、俺はお前がどうしても構わんと思う。大学行けと言ったこともないし。まあ、行ったら行ったで嬉しいし、行かなければ学費払わなくて済むし。別に、大学行きながら結婚してもいい。」
「でも、それじゃ・・・」

父は片手で僕の言葉を遮った。

「お前何かつまんないこと言おうとしてただろ?」
「・・・はい」

つまんない・・・とは厳しい言葉だ。

「篠宮さんのお父様全部話していかれた。」
「全部?」

父はよほど口が寂しいのか、羊羹についていた楊枝をしゃぶっている。

「篠宮さんのところのお嬢さん20歳まで生きられないそうだ。」
「まさかそんな」

そして僕は黙った。頭の中で篠宮父の言動のおかしいところが全部ハマっていく。でも、全部、僕が嫌な方へだ。

「少なくとも、医者はそう言ってるそうだ。まあ、運が良ければもっと長く生きれるそうだけど。」
「・・・」
「お嬢さんには言ってないそうだけど、薄々気づいてるんじゃないかってそういってた。」
「・・・」
「俺はお前にはなれないし、お前と同じ年齢の時は思い出せないぐらいバカやってた。もし、お前がどう選んでもお前は偉いやつだと・・・そう思うんだ。」

父は味がしなくなったであろう楊枝を小皿の上に置く。

「篠宮のお父さんは、ずっとお前に会った時からいつかこの話をしようと思っていたそうだ。・・・いかん、もうだめだ!母さん、ティッシュないか!母さん!!」

夜12時に差し掛かるあたり父はリビングから逃げ出した。
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