たかしと父さん
観察者の章
「お客さん、どっちの道、行きましょうかね?」

我々は道を選択することが度々ある。

「え、どっちって?」

高木沙良がややとまどっている。高木沙良が今まで一度も考えたことがないこと・・・それはこの小さな物語をだれが見ているのかだ。確かに、高木沙良は今まで何度もこの物語を見ている相手に対して心の中で何度も悪態をついたかもしれない。しかし、この物語を見たいと思う存在がどのような存在であるかについて思いを巡らせたことは無い。この物語を見て得をする人物。この物語に価値を見出す人物。なぜ、ヒロインは10代でなくてはいけないのか。そのために、なぜ20歳を待たずに消えて逝かねばならないのか。ラブストーリーとしては大切な要素がいくつか抜けている。例えばライバルがいないとか、デートのエピソードに乏しいとか。また、ファンタジーとしては、なぜファンタジーを書くならエピックを選ばなかったのかという点が気になる。エピックを選んでいれば、もっと多くの観察者にファンタジーだと認めてもらえただろう。あえてエピックではないファンタジーを紡ぎだすことで「こんなのファンタジーじゃない」と言われる危険を冒したのだろうか。誰もが完全には幸福になれないこの物語は何のために存在するのだろうか。ここに、生涯、全く幸福に縁がない人間を設定したとしよう。彼女は不幸を知らなければ、幸福も知らない。そんな彼女はある日、幸福と不幸の渦中にいる一人の女性と偶然出会う。幸福と不幸の渦中にいる女性は当然「篠宮沙良」だ。その女性は自分には持ち得ない「篠宮沙良」の内包する幸福と不幸の両方を欲しがる。篠宮沙良が火葬になり、肉体がこの世から消失しても、自分の中に篠宮沙良の記憶が残れば・・・彼女は不幸にも幸福にもなれるのだ。彼女は篠宮沙良は実在した女性だと信じて疑わない。そして、その記憶が自分の中に同居し、新しい人格として社会にあるのだと信じている。もし篠宮沙良の記憶が他者の伝聞や最悪、彼女の妄想によって作られた比較的出来のいい「つくりもの」であるとしたら、彼女はそれをいつか知るのだろうか。彼女が見ている今の現実はなんなのだろうか。

「え、どっちって・・・どっち行くんですか?」

運転手は再度聞く。窓の外の景色は何だか見知ったような景色だが、知らない街にも見える。

「あんた、迷ってる。この先の物語があんたにとって都合の良い事ばかりじゃなくなるかもしれないって気付いてるんだ。」

運転手は饒舌だ。

「篠宮高志が見ず知らずの高木沙良を『篠宮沙良』の記憶の継承者として受け入れてくれるかどうか悩んでる。」
「私だって、篠宮沙良だったころがある!」

運転手は反論する。

「あんたも知ってのとおり、篠宮沙良は火葬になってる。」
「それはそうだけど・・・」

運転手はまくしたてた。

「この世界がもし、内部の人間の誰かの妄想だとしたら、それはあんただ高木沙良!」
「そんなことして何になるのよ・・・」

運転手は笑っている。

「あんたは退屈な人生を変えたかった。そうしたらそこに波乱万丈のカップルがいた。篠宮沙良と新田高志だ。あんたは篠宮沙良の死を契機に篠宮沙良の生涯を引き受けようとした。足りないところは妄想で埋めて。」
「・・・・・」
「そして今、あんたの世界は完成に近づこうとしている。本当は37年何もしないで生きてきただけのあんたが、妄想によって、第二の人生を迎えようとしてるんだ!」

高木沙良は怒った。

「確かに・・・私は篠宮沙良じゃない!でも、何で篠宮沙良の記憶を持っているのよ・・・こんなに正確に!」
「あんた、きっと眠ってるのさ、自分を閉ざして。どっかの真っ白い病院の病室で植物人間みたいになって。」
「バカ言わないで!何の根拠が・・・」

運転手はさげすんでいる。

「根拠なんていらないだろう、だってあんたは体験できるはずのない篠宮沙良の一生を体験してるって言い張ってるんだから、病院のベッドの中で体験できるはずのない高木沙良の半生だって体験できるだろうよ!」
「そんなことが・・・何のために・・・」

運転手は勝ち誇っている。

「簡単だろ!?あんたが幸福になりたいからだ!!自分の体験できない全ての幸福と、幸福を幸福だと知る手掛かりになる不幸を得たいがためさ!!」

想像したくもなかった。

「あんたはあんたの知っている世界にいくらか頭の中で手を加えて、都合の良い世界を作り上げたんだよ!」
「・・・それなら、私にだって妄想する権利はあるじゃない!!」

声を上げたのは篠宮沙良だった。学生服ではなく病院の寝巻を着ている。

「私が出産のときに事故で植物人間か何かになったとすれば、その後、高木沙良としての人生を妄想によって作り上げた可能性だってあるじゃない!」
「と言うことは私は元々いなかったってことになるの!?」

高木沙良は篠宮沙良にすがりついた。

「お客さん、どっちの道行きましょうね?」

二人は驚いた。

「選択!?」

運転手は静かに車を停めると、真っ暗な夜道、車から降りた。街灯がぽっかり照らす中で帽子を脱ぐと、高志が現れた。

「二人とも、どうするんだ。」

19歳の篠宮沙良と高木沙良が並んで高志を見上げている。

「私が生きてるとしたら?」

篠宮沙良が尋ねる。

「高木沙良なんて人間は元々いなくて、お前が生命維持装置の中で見た夢だってことになっちまう。」

もう一方から声がする。

「じゃ、じゃあ私が実在するとすれば?」

高木沙良の質問にも高志が答える。

「高木沙良の半生は高木沙良の半分以上妄想だったってことになる。少なくとも半分以上な。・・・もし、篠宮沙良の記憶を受け継ぐとして、どうやって受け継ぐんだよ。」

一旦言葉を止めて、高志が語りだす。

「ここはそういうところだ。超過密な人間の意識が、不可能を可能にしてしまうところだ。人間は脳の中だけでだって楽園を作ることはできるんだ。・・・そうせざるを得ない理由があればね・・・。」

二人は尋ねた。

「じゃあなんで、私たちは二人なの?なんで私たちの世界に高志はいるの?」

高志は答えあぐねる。

「だから、お互いの幸福にお互いが必要だったってことだろう?僕がいるのは・・・二人の妄想だよ。」

二人は喜んだ。

「なんだ、だったらやっぱり二人いるんじゃない!」

高志は戸惑った。

「それでいいのか?沙良・・・帰ってこれるかもしれないんだぞ?本来あったはずの世界に!?そこには本当の僕が待ってるかもしれないんだぞ!?」
「運転手さん・・・そろそろ出してくださる?」
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