たかしと父さん
篠宮沙良の章
長い夢を見ていた。私が別の女性に乗り移って・・・

(アッ!)

全身の感覚がない。最初に戻ってきたのは喉の違和感だった。

(何か口に突っ込まれてる!)

青い服を着た人たちに囲まれている。頭の中を整理して考える。

(・・・そう、私、全身麻酔で手術受けてた・・・)

青い服の人が声をかけた。

「聞こえますか?聞こえたら目で合図してください。」

視線を縦に振って応える。

「もう抜いてもいいだろう・・・ちょっと喉気持ち悪いけどすいませんよ。」

口の中に入っていた管がずるずると抜けた。

「お気分いかがですか?無理にしゃべらなくても結構ですよ!」

混乱する頭を抑え込んで答えた。

「悪くない・・・です。少し頭が痛い。」

そう、ここは大学病院。私、篠宮沙良は先天性の心臓病を患い、子供のころから幾度もの大手術を受けてきた。継ぎ接ぎの心臓は手術や生活にはよく耐えたけれど、出産となると話は別だった。それでも子供が欲しかった私は帝王切開での出産を決意した。ここは多分、集中治療室だ。ということは直ぐには麻酔を覚まさせずに、治療が行われたということだろうか。何時間たったか・・・何日たったか・・・。

「赤ちゃんは・・・」

青い滅菌服の男性が答える。

「赤ちゃんは大丈夫!とっても元気に生まれましたよ!」

不安だった。自分の同じような心臓の弱い子供が生まれるのではないかと不安だった。

「・・・心臓もですか?」

男性は少しだけ言葉に迷った。

「産まれたばかりの検査でわかる奴には引っかかってませんよ。もしかすると三か月検診とかでは何かあるかもしれませんが、今、わかる奴は何も引っかかってませんね。・・・ごめんなさい、職業柄ハッキリ答えられなくて。でも、自分の娘だったら『健康体だ』って思います。」

ベッドに載せられたまままた別の部屋へ運ばれていく。たくさんの機械が外されて、またたくさんの機械が私につく。夫の高志がやはり無菌服を着て佇んでいる。

「高志・・・」
「沙良・・・」

抱きつくことも、体を起こすこともできないが、高志が私の手に触れる。

「良かった・・・娘はすごく元気だ。新生児室で一番声が大きいよ。」
「・・・もう会えないかと思ってた・・・高志、待っててくれてありがとう。」

夫は無言で首を振る。「気にするな、心配ない」という仕草だ。長い夢を見ていた。私は私に「出産に耐えられず命を落としたとしても、娘の中に私は生きるんだ」と強く念じて出産に臨んだ。その想いを映したような長い長い夢だった。

「一緒に帰れるぞ。もうちょっと入院になるけど、頑張れるよね?」

夫の言葉に強く頷く。懐かしいアパートに帰ろう。そして、いつか娘が大きくなったら、今日見た夢の話をしてやろう。そう心に決めて私は強すぎる天井の蛍光灯を遮るように目を閉じた。
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