たかしと父さん
高志の章
真っ黒な夜道に一台のタクシー、そして二人の乗客。

「・・・まあ、二人とも乗りなよ。」

都合のいい観測者は僕だ。平凡な僕が、学校で一番の美少女のハートを射止めた。僕は舞い上がって結婚したけれど、彼女は心臓に難病を抱えていた。彼女は皆が止めるのを振り切って妊娠出産に踏み切り、案の定命を落とした。僕はその事実に耐えられず、彼女とよく似た背格好の女性を探して、彼女の生まれ変わりだと思うことにした。僕はその妄想に没頭した。恐ろしいことに、その女性は僕の事を愛した。そして、自ら進んで生まれ変わりの役目を引き受けるようになった。良く似た女性「高木沙良」は私の亡くなった妻「篠宮沙良」についての話を注意深くきくと、まるで本当に妻が生き返ったかのようにふるまい始めた。それによって僕は慰められた。非常にプラトニックな関係ではあったけれど、この世のどこかに妻が生きていると思うだけで僕は癒された。しかし、高木沙良にも耐えられないことがあった。僕と一緒になりたいというのだ。亡くなった妻の手前、娘の結婚までは独身でいようと決めていた。その娘も人妻になり、僕の肩の荷はすっかり下りた。僕は娘の結婚を見届けると、高木沙良を完全に受け入れるための儀式を行った。僕の母校であり、娘がつい先日まで通っていた高校を尋ねた。兼ねてから決めていた通り高木沙良は春休み前の学校に残っていた。

「娘の夫の新田くんが『娘のことを教えてくれる』と言っていたのを僕に話してくれまして。それで・・・まあ、親バカですが。娘は学校でどんな風だったのかお聞かせ願えたらと思いまして。」

女性は僕と同じぐらいの歳だろうか。よくぞまあ、こんな人を捕まえて昔「ババア」だなんて思ったものだと、自分に呆れながら丁寧に尋ねた。

「全然、面白くないですね。」
「・・・というと?」

女性は誘うように足を組み替えた。多分わざとだ。気付かなかったが、こいつは亡くなった妻とは違って本質的には魔性の女だ・・・と思う。

「私はあなたの義理の息子さんに何かを言ったつもりは全然なくて、アンタに言ったんです。『いつか、あんたが見てない間、篠宮がどんな風だったか教えてあげる』って。」

僕はとんでもない声を出した。

「う・・・うそつけ!あれから・・・えっと20年はたってるぞ!!」
「違います、18年しかたってません。」

僕は指折り数えた。

「やっぱり20年経ってるって・・・まあ、たいした違いじゃないけど。うっわー、すげえな・・・若さの秘訣とかあるの?」
「まだわかってない・・・」

高木沙良は苛立つように席を立った。

「あなたこの作品の主役でしょ!?ヒロインは誰だったの!?」

僕は驚いて声を荒げた。我ながらうまい演技だ。

「ちょっと何?先生、なに訳のわかんないこと言ってるの!」
「あんたの使ってる携帯、在学中から同じ奴よね?」
「うっ!」

そんなわけはない。

「もうとっくに気づいてるはずでしょ?あなたかこの世界かどっちかがおかしいって!」
「俺は普通に歳を取ってるだけで・・・」
「その、『普通に歳を取ってる』って言い方はつまり『普通に歳を取って』ないものがあるって気付いちゃってるのよね!?あなたのスマホもそう、駅前の景色もそう!私のことも『毎回新しい人が入れ替わってる』ってそう思ってたんでしょ。」

良く短い期間でここまで台詞を覚えたもんだ。

「じゃあ、なんで・・・なんで僕のこと覚えてるんだったら、僕が娘の『さら』を入学させたときに、声かけてくれなかったんだよ・・・新しい『たかし』にも・・・」

高木沙良は悲しそうな顔をした。

「だって、それを全部知ってて配役の皆さんにばらしちゃったら・・・私がこの作品の中にいれなくなっちゃうじゃない?」

そうなのだ、それこそ僕が望んだ世界だ。

「・・・あなたの奥さんが亡くなった時、あなたの奥さんは作品から退出したって考えたことは無いの?」
「・・・はい?」
「あなたがいなくなっても代わりの『たかし』がどんどん出てくるんでしょ?あなたの奥さんが・・・あなたの『さら』が亡くなった時、単に作中で『死んでいなくなった』だけで、『さら』を演じた役者は生きてるって考えたことは無いの!?あなただってもう、作中から消える人物でしょ!?もうどこで何してもいいわけじゃない!!」

僕は今彼女がしゃべっているのはどのあたりか思い出そうとした。何とかついていけている。

「あなたの奥さんだった人は『さら』を産んで、死ぬ役目を演じ終わった後に・・・まあ、この世界的に言うと実際に死んだんだけど・・・また何かの役目で戻ってきてる可能性を考えたことは無いの!?」

そんなこと書いてあったっけ?そんなこと考えたことすらない。何度も何度も人生の中で「あいつが生きてたら」と思ったことはあったけど、そんな風に考えたことは無い。・・・一度だってない。

「・・・無い。」
「『二人で帰ろう』って言ってくれたじゃない!」

僕は僕の腕やら袖やら首やらを掴まれてがくがく揺さぶられて、電信柱みたいになっていた。

「言ったけど・・・それをどうして保健の先生のあなたが・・・」
「もぉー・・・まだ、わからんか、高志!この呼び方する人世界に何人いる?あたし最後になんて言った?『ありがとう、愛してるよ』って言わなかった?どうしても、最後にそう言ってお別れしたくて・・・」
「・・・言った・・・確かに言った!」
「高志ぃ・・・」

白衣に身を包んだ大人の女性「高木沙良」は僕にすがりついて見事に泣き崩れた。

「なんとなく途中で分かってたんだ。なんとなく途中から分かっていたんだけど・・・信じるのが怖かった。失ったものがもう一度帰ってきたと信じて、それが幻想だった時に・・・も・・・もう一度傷つくのが・・・怖くて・・・」
「ごめん高志・・・ずっと黙ってた・・・高志・・・18年間、高志の出番が終わるまで戻ってこれなかったぁ・・・苦しかったぁ・・・」
「・・・うん・・・うん!」

いつしか乱視が進んでメガネをかけるようになった僕の、メガネのレンズの内側で涙があふれる。

「沙良・・・二人で帰ろう!アパートもう別の『たかし』と『さら』にあげちゃったけど・・・どこでもいいんだ、二人で帰ろう!!」
「私、高志と行ってみたかったところ沢山あるんだ!!」
「行こう!!行きたいトコ、どこでも行こう!!」

そうして、僕は娘の結婚式に貯金を使い果たしてすっからかんだったので、再会した「篠宮沙良」にラーメンとエビチリをおごってもらった。やっと・・・やっと妻が僕の元へ帰ってきたんだ。
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