君の名を呼んで
「雪姫」

彼女はまたビクリと身を震わせた。

「……送る。帰るぞ」

俺の言葉に、ためらうように口を開きかけた雪姫だったが、それを遮るように白鳥が言う。

「今日は僕が送ります。今の君では逆効果のようですから」

「なっ……」

「行きましょう、雪姫」

抗議する間もなく、ただ彼の言うことに従う雪姫。


確かに、今の俺じゃ腹立ちまぎれに、滅茶苦茶に雪姫を抱くかもしれない。
雪姫の傷なんて考えもせずに。
それを他人に指摘されたのにもムカつくし、雪姫自身が予想しているだろうことに更に苛々する。

何よりも白鳥に黙って従う雪姫に違和感を覚える。


「おい、雪姫……」


引き止めた俺の手が掴んだその細い手首には、真っ赤な痣が残されていて。

それに目を奪われた俺は、咄嗟に手を放してしまった。

その俺の顔を見た雪姫の瞳から、涙が一筋、零れて落ちる。


「すみません、副社長……」


拒絶じゃない。
拒否でもない。

なのにそう誤解させた、と気付いたけれど。
俯いた雪姫と、もう目を合わせることはできず。

その涙を拭ったのは俺ではなく、白鳥だった。


なじられたほうが、責められたほうがマシだった。
諦めた目をされるくらいなら。

あんなに呼ばれるのを嫌っていたはずの名前を、雪姫が呼ばなかったことに不安を感じた。


「雪姫、おいで」

そう言って白鳥は、雪姫の背を押して出て行く。


彼女をみすみす他の男に渡してしまった、と気づいて、俺はただその背中を苦々しい思いで見つめていた。
< 127 / 282 >

この作品をシェア

pagetop