君の名を呼んで
どこまでも気に入らない
「桜里の嘘つき」

タクシーに乗り込んだとたん、私は隣に座る男性を睨んだ。

「つき合った覚えなんて全くないんですけど!」

桜里は涼しい顔して私の頭をポンポンと叩く。
笑いを堪えるような顔をして、口を開いた。

「う~ん、日本語って難しいね。海外暮らしが長いと、つい適切な表現を忘れてしまうことがあるんですよ」


絶対嘘だ。
確信犯のクセに!!


「それに僕にとってはそれくらい、雪姫のことが大事だってことですよ。
……わかってるよね?」


どこまでも優しい表情で、そんなことを言われたら、逆らえるはずもない。
元カレなんかじゃないけど、桜里は私にとって、確かに誰よりも大切な人の一人に変わりないんだから。
彼を見た時から疑問に思っていたことを先に聞いてみる。

「桜里、いつ帰国したの?」

「さっきです。雪姫に早く会いたくて会社に電話したら、ここだと言われたので」

以前なら嬉しかったはずの台詞も、今はなんとなく素直に聞けない。
だって、桜里が理由も無しに急に帰国するなんて、ありえないんだもの。


「なんであんなこと言ったの」


皇を責めるような、煽るような。


「怒ってるんですよ。あんな男には雪姫を任せられませんから」

ちらりと横目でこちらを見下ろす桜里。

「だからって、元婚約者だの、元カレだなんて嘘……」

「おや、昔はよく『桜里と結婚する~!』って言ってくれてたじゃないですか」

「そんなのず~っとず~っと昔の話でしょう!!時効よ、時効ッ!!ていうか、それ以前の問題……」

彼とポンポンと言い合いながらも。
ふと、不安がよぎる。
< 128 / 282 >

この作品をシェア

pagetop