君の名を呼んで
隠し事は上手くやれ
久しぶりのデスクワークに、溜まりに溜まった書類。
残業中の私を置いて、皆珍しく定時退社していった。
節電の為に半分照明の落とされたフロアに、何だか一人で溜め息を落としたなら。

「梶原ちゃん、元気ないね」

いつの間にか傍に来ていた社長が、私のデスクにチョコレートを載せてくれる。

「ありがとうございます」

お礼を言って見上げれば、社長は苦笑して声を潜めた。

「美倉舞華に絡まれてるんだって?」

「情報源は朔ですか……」

絶対面白がってるよね、もう。
バラさないでって言ったのに~。


「城ノ内に言えば?」

そう言う社長に、首を横に振る。

「城ノ内副社長の大事な幼なじみでしょう?言えませんよ」

それにハッキリ言って、たいしたことされてないし。舞華さんには悪いけど、いい加減飽きてきたし。
それより私を落ち込ませるのは。

「……社長はどうして副社長が名前で呼ばれるのを嫌うのか、知ってますか?」


社長は虚を突かれたように一瞬黙り――複雑そうに微笑んだ。


「梶原ちゃんなら、アイツを助けてやれるかな」


その顔に、私が思っているより深刻な事情を感じて。

「あの、いいです。やっぱり本人じゃない人に聞くなんて、ルール違反だし!」

「梶原ちゃんは真面目だね。
でも聞いてよ。俺にはもうどうしようもないから」

「えっ、なお聞きたくありません!!」

「ダメー。社長命令」

社長はもう話す決心を固めてしまったようで。
柔らかい笑みなのに逃がさない光を浮かべる相手に、急に私は落ち着かない気持ちになる。
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