君の名を呼んで

何度目かの城ノ内副社長の部屋。
私が作ったご飯を食べて、副社長は食後の一服。
……一服どころじゃない煙草の本数に、私は彼を横目で見る。

「わざわざお金出して不健康になる人の神経がわかりません」

「馬ぁ鹿。煙草税で日本に貢献してる、高額納税者様だぞ。敬って、へつらいやがれ」

……なんだその理屈。

「なんでも良いですけど本数くらい減らして下さいね」

「心配?」

「副流煙の方が有害なんですよ。私を肺ガンにするつもりですか」

「……お前はそういう女だよな」


フンだ。優しくして欲しいならまず自分の態度を改めて欲しいもんだ。
後片付けをし始めた私を、煙草を消した副社長が引き寄せた。

「そんなの後にしろ」

「城ノ内副社長はなんでそんなに自由人なんです!?せっかちだし」

私の非難に、彼は静かにつぶやく。


「欲しいときに正直になるべきだろ。
いつまでもそこに当たり前にあるとはかぎらねぇんだよ」


その言葉を口にした副社長は、どこか切なそうに見えて、思わずじっと見つめてしまう。

「なに、誘ってんの?」

ふといつもの意地悪な、なのに妖艶な微笑みを向けて、彼が私にキスした。

「っ、ちっがいますよっ……」

「お前は演技がヘタクソなんだよ」

私の抗議なんて気にも留めず、城ノ内副社長は好き勝手に私を翻弄する。

「すみませんねぇ!遠慮が無くて、毒舌で、演技がヘタで、色気なくて!」

彼に振り回されているのをごまかしたくてそう言ったなら、副社長は私をゆっくりソファに押し倒した。
私の思惑なんてお見通しって顔をして、愉しそうに囁く。

「それだけじゃないだろ。頑固だし、実はよく泣くし、思い込み激しいし?」


……でも、悪くない。


なんて。
耳元でキスと一緒に落ちてきた言葉が嬉しくて。


――でも。


こうやってそばにいても、時間を重ねても、やっぱり城ノ内副社長は名前だけは呼ばせてくれない。
理由すらも、教えてくれることはなかった。

本当の意味で、私は彼に受け入れられる日がくるのかな。
いつか、揺れる瞳の真意を聞かせてもらえる日がくるのかな。


愛しさと淋しさを感じながら、私はただ彼に身を任せていた。
< 58 / 282 >

この作品をシェア

pagetop