甘い記憶の砕片
Ⅰ.チェックのワンピース
Ⅰ.チェックのワンピース


 そこは知らない街の中心に聳える高層マンションの上の方だった。
 引っ越したばかりだということで、どの家具も真新しくて、新品独特の鼻に付く匂いを漂わせていた。
 家賃はいったいいくらなのだろうか、大きなダイニングキッチンと寝室、書斎、ジャグジーというのだろうか泡の噴射されるお風呂があった。
 モノトーンで統一された落ち着いた雰囲気の寝室には、大きなベッドが1つと私のだという広いクローゼットがある。
 ここが、私と光井くんの家らしい。どれだけ、彼は稼いでいるのだろう。

「何か飲み物を持ってこようか?起きてられる?横になった方がいいかな?辛くないか?」

 呆然と部屋の中を見渡す私に、光井くんは凄く優しく声を掛けてきた。
 リビングのソファに座るように促された私は、言うとおりにする。彼は、暖かい紅茶をおそろいのカップに入れて運んで来てくれた。
 いい香りがする。私の好きなリンゴ系のフレイバーの香りだった。
 紅茶もそうだが、カップの花柄もテーブルクロスのチェック柄も私の好きそうな可愛らしいものだった。

「あの、光井くん。」

 私が「光井くん」と呼ぶたびに、彼は一瞬だけ辛そうな顔をする。
 その一瞬一瞬は、とても罪悪感に襲われる。
 部屋のあちこちに私の好きそうなものが溢れている。テレビ台の横に置かれたぬいぐるみも、音符の形をした秒針を持つ時計も、きっと私が選んだものだ。
 それらは、きっと私が愛されていて幸せだったことを押し付けてくる。だから、凄く申し訳ない。

「私、光井くんのことなんて呼んでたの?」
「雅臣って呼んでくれてたよ、でも今の美岬にとっては光井くん、なら光井くんでいいよ。なんだか、出会ったころみたいで新鮮だし。」

 そう言って光井くんは笑った。
 よして欲しい、辞めて欲しかった。そんな無理やり笑うと、余計に申し訳なくなる。

「じゃぁ、雅臣さんって呼んでもいい?」

 さすがに同じ家に住んでて、苗字呼びは違和感がある。
 でも、さんづけも変だろうか、でも、呼び捨てには抵抗があった。
 少し考え込む私を見ながら、雅臣さんは、ふふふと声を出して柔らかく笑った。


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