冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
帰宅する人たちで混み合うホームで電車を待っていると、耳元に紬さんの声が落とされた。
「この時間、かなり混んでるけど二駅だから我慢してくれ」
「あ、それは大丈夫。毎朝満員電車で通勤しているから慣れてるし」
「毎朝?」
「もちろん、毎朝。私の会社ってオフィス街にあるせいか沿線はずっと混んでるから。
女性専用車両に乗るようにしているから気分的には楽なんだけど、乗る時も降りる時も必死だし疲れ果てる……紬さん?」
「いや、いいんだ。そうだよな、それが普通だし……。女性専用車両なら、安心か……」
「え?なに?」
「いや、なんでもない」
ちょうどホームに入ってきた電車を目で追いながら、紬さんは繋いでいた私の手をぎゅっと握る。
恋人つなぎをしたままでいる私達だけど、紬さんの会社から駅まで走っている最中は、ここまで力強く握られているわけではなかった。
走っていたわけだから、力を入れるにも限度があるけれど。
それでも、駅に着いても尚、繋いだ手を離そうとしない私達って、恋人同士に見えるんじゃないかな。
手を繋いで寄り添って、時々紬さんは私の耳元に唇を寄せては一言二言ささやくし。
そのことが、こそばゆくてこっぱずかしくて。
かといって自分から手を離したいとも思えないことも事実。
紬さんが私と結婚すると宣言したことを受け入れられるのかは別として、私の中にはもう、紬さんだけの場所がしっかり出来上がっていた。
「もっとこっちに寄れ」
「あ、うん」
到着した電車の扉が開き、大勢の人が降りてくる。
紬さんは繋いだ手を離すと、そのまま私の肩を抱き寄せた。
密着する二人の体は、混雑する中で更にその密度を高めて抱き合うように寄り添った。
紬さんの首筋がちょうど私の目線だと気づきながら視線を上げると、鋭い顎のラインが目に入った。
真面目な横顔に気持ちは微かに揺れ、周囲の人に押されるふりをしながら、唇を紬さんの胸元にそっと置いた。