キスはワインセラーに隠れて


「今日は桜鯛のヴァプール……ヴァプールってなんだろ」


ここでのウエイター生活が二週間過ぎても、未だにわからない料理用語がたくさんある。

あとでオーナーか香澄さんか、本田でもいいから聞いてみようかな。

エプロンのポケットからメモ帳を取り出し、“ヴァプール”とそこに書きつけているときだった。


「……そんなことも分からないのにフランス料理店で働こうとするヤツの神経を疑う」


……う。背後に感じるこの嫌味オーラは。

おそるおそる振り向くと、またもや私の後ろにいたのは須賀さん。

色素の薄い目を細めて、かなり迷惑そうな表情で腕組みをしている。


「須賀さん……味見中じゃなかったんですか」

「あんなの五秒で終わる。……で、庄野。お前はなんでいつも俺の邪魔をするんだ」

「え?」

「そこの冷蔵庫からラディッシュ取りたいんだよ」

「あ、すいません……!」


確かに私も悪いのかもしれないけど。でも、もうちょっと別の言い方あるんじゃないのかな……

冷蔵庫を物色する彼の背中を見ながら、そんなことを考えて口を尖らせていると。



「……蒸気で加熱する。つまり、蒸すってことだな」



両手に鮮やかな赤いラディッシュを持って振り返った須賀さんが何のことを言っているのかわからず、私は呆けた顔で立ち尽くす。


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