キスはワインセラーに隠れて


「や、やっぱり帰ります……っ!」


私は叫ぶように言って須賀さんの体を押した。


「俺は別に構わないが、いいのか? 藤原に関する話、聞いておかなくて」

「……そ、そんなに、マズイ内容なんですか……?」

「ああ。お前にとってはたぶん」


なんなんだろ……そんな風に言われたら、気になるに決まってるじゃないですか。

でも、これ以上須賀さんのそばにいたら危険な気もするし、一体どうすれば……


――帰るべきか、まだここにいるべきか。

その狭間で葛藤して頭を抱えているといると、須賀さんはそんな私を無視するように、再びキッチンに向かって立つ。

そして、少しの間包丁の音が聞こえたと思ったら、動きを止めた須賀さんが私の方を振り返って言った。


「……やっぱり、お前は座ってろ。さっきみたいなことされたくないなら」

「そうすれば、安全……ですか?」

「たぶん」

「たぶんじゃ困ります!」


ムキになる私に対し、須賀さんは飄々とした様子でまた包丁を動かし始める。

私が悶々とした思いを持て余してその背中をにらみ続けると、野菜を切り終えた須賀さんが、ようやく話の核心に触れた。



「……藤原を、別のレストランに引き抜こうとしてるヤツがいてな」



キッチン下の収納から、フライパンを出し、油を引く須賀さんの背中を見ながら、私は石のように固まってしまった。

藤原さんが、別のレストランに……?

“引き抜こうとしてるヤツ”って、誰……?


急に押し寄せてきた、大きな戸惑いと不安。

それに押しつぶされそうになった私は、話を全部聞くまでは須賀さんの家から去ることができなくなってしまった。

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