キスはワインセラーに隠れて


……そう。普通に接することのできていた今までが嘘みたいに、彼を目の前にすると、身体がカチンコチンになってしまうのだ。

そのくせ、心臓だけは全力疾走した後みたいにばくばくうるさくて……

今ではまともに目を合わすことすらできない。


「……環、そりゃもう完全に」


意味深に微笑む小羽を見る限り、やっぱりそうみたいだ。

認めたら、余計に仕事に支障が出そうだったから、気づかない振りをしていたかったけど……



「惚れてるね」



人差し指を立てて私の鼻のあたりに向けた小羽は、すごく単純で、わかりやすい答えをくれた。


「……そう、だよね、やっぱり」


認めたら少しは肩の荷が下りたような気持にもなったけど、認めたら認めたで、つらいものがある。

だって、あのお店では恋愛禁止。何より今の私は彼にとっては“男”だから、親しくなればなるほど、切ない思いをすることになりそうで……


「ねぇ、なおさら環の働いてるレストラン、行ってみたいんだけど」

「……! それはダメ!」


思わず席を立ってしまった私を、他のお客さんが何事かと振り返る。

愛想笑いをうかべて周りにぺこりと頭を下げ、小さくなりながら椅子に座り直す私に小羽が言う。


「……そんなに私に来てほしくないの?」

「そ、そういうわけじゃないんだけど……」


< 69 / 183 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop