光のもとでⅡ
 数歩歩いて、
「……昨日、御園生さんと唯さんに何か話した?」
 うかがうように尋ねると、翠はきょとんとした顔で俺を見上げた。
 話が飛躍した自覚はある。でも、こんな顔をされるほどかと問われたら、「否」と答えたい。
「あのふたりに限って、翠が泣いたことに気づかないわけがないだろ」
 答えなど訊かなくてもわかっていた。でも、この話をするにはここから話始めるしかないわけで――。
 バカみたいに言葉に詰まっている翠を急かすように声をかける。と、肯定と謝罪が返ってきた。
「別に謝らなくてもいいけど……」
 俺、この短時間で何度翠に謝られただろう……。
 なんとなしに数えてみれば、四回目であることが発覚する。
「だめ、だった……?」
 そう言って俺を見上げる顔は、どこかおどおどして見える。
 普段はここまで機嫌をうかがうような話し方はされないのに、何がどうしてこんなことになっているんだか……。
「だめじゃない。けど……面倒くさい」
「え? 面倒……?」
 俺は小さくため息をつき、
「次に唯さんと御園生さんに会ったときのことを考えると面倒でならない」
 翠が悩んでいっぱいいっぱいになるよりは、誰かに話してくれるほうがいい。
 相手が御園生さんや唯さんだと面倒くさいとは思う。でも、学校で簾条たちに相談されるよりはいいような気がするし……。
 隣を歩く翠は、悪いことをして叱られた子犬のような目をしていた。
 そんな目で見られると、俺がいじめている気がしてくるから困る。
 さらにはこちらをうかがうことをやめ、黙ったまま俯いて歩くから心配になるわけで……。
 もしかして怒ってると思われているのか……? だから、おっかなびっくりの対応になっている……?
 焦りを覚えた俺はすぐに声をかけた。しかし、一度目の呼びかけに翠はまったく気づいていなかった。
 もう一度名前を呼ぶと、はっとしたようにこちらを向く。
 向けられた目がすでに怯えていた。
「黙り込むほど反省しなくていいんだけど……」
「あ、うん。ごめん……」
 これで五回目……。
 これ以上謝られたくない。そう思いながら、
「俺も兄さんたちに話したからお互い様だし」
「え……?」
 翠はまるで信じられないものを見るような目で俺を見てきた。
 さっきの怯えた目よりは断然まし……。
 でも、真っ直ぐすぎる視線には耐えられない。
 俺は咄嗟に顔を背けていた。
「昨日、翠を見送ったあと兄さんが帰ってきたんだ。その場で少し話して、誘われたから夕飯にお邪魔した」
 そっと視線を戻すと、翠は瞬きも忘れて俺を見つめていた。
 異様なまでの居心地悪さを感じたけれど、無言で俯かれるよりは良くて……。
 兄さんたちには「もっと会話をしろ」とアドバイスされたけれど、「もっと」って、たとえば何を話したらいいのか。アドバイスするならそこまで教えてくれればいいものを――。
 俺は悩みに悩んで口を開く。
「もし、兄さんが俺と同じ立場だったらどうするのか、聞いた。それから、翠が昨日言ったこと。……何を思って口にした言葉なのか、義姉さんの解釈を教えてもらった」
 これ以上詳しく相談内容を話すのは抵抗がある。でも、これだけは伝えておかなくてはいけない気がする。
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